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陸橋の下の谷筋【千駄ヶ谷~ショート・ショート・フィールドワーク】(4)

人数の少ない道に谷があります。高度成長期の開発により東京では谷を感じられないところが増えました。陸橋の存在がひとつの要因です。しかし、今でも大通りから一本道を外れると谷間があります。

千駄ヶ谷も例外ではありません。
千駄ヶ谷
JR千駄ヶ谷駅を出て人気のない高架下を進むと下り坂が見えます。何とも言えぬ殺風景なところですが地形好きをワクワクさせる高低差があります。雨の日は鄙びた感じがさらに増します。
千駄ヶ谷4
千駄ヶ谷は新宿御苑の2つの池から流れ出た水により削られた武蔵野台地の谷間です。渋谷川の源流です。北側の谷は玉藻池からの水、南側は上の池、中の池、下の池から水は流れていました。

地形図から玉藻池の横に細い切れ込みが確認できます。

これは玉川上水から接続された水路です。余談ですが東側にも浅い谷が確認できます。ある時期まで湧水があり武蔵野台地を削った跡だと考えられます。
千駄ヶ谷
外苑西通りまで下りるとそこは谷底です。千駄ヶ谷駅から信濃町駅の南に広がる競技場群とは全く違う雰囲気を感じてしまいます。谷頭へ続く谷の北側に目を向けると道が右へ湾曲しています。

玉藻池から流れが蛇行した跡です。また、新宿御苑の2つの池の間に残った台地が岬の様に突き出しています。
千駄ヶ谷
川下方向の南側を見ると3つの陸橋があります。北から一本目はJR中央本線、二本目は首都高速です。3本目は写真にある千駄ヶ谷駅前から神宮外苑に続く道です。陸橋が谷を覆い隠している場所です。
千駄ヶ谷
さらに南へ進むと国立競技場と東京体育館の間が渋谷川の谷間になっています、現在は暗渠化されて流れこそ見えないものの長い年月をかけて武蔵台地を削った湧水を慮(おもんばか)ることができます。

外苑西通りと国立霞ヶ丘競技場の間に明治公園があります。ここに渋谷川は流れていました。
sendagaya-taisho.jpg
大正時代の地図を見るとその様子がよくわかります。明治39年に開園した新宿御苑と江戸時代に作られた玉川上水からの流れが確認できます。現在は暗渠化されていますが谷筋と公園の位置から渋谷川の流路が分かります。

ちなみに東京体育館がある所に徳川邸と記されています。

東京体育館のある高台は徳川家正氏(徳川宗家17代)の所有地でした。昭和18年に東京府が買収し「葵館」という士気高揚のための錬成道場が作られました。

戦後は駐留軍将校宿舎として使用されました。接収解除後は東京都収用委員会庁舎となりました。東京体育館が完成したのは昭和31年のことです。

その頃は渋谷川はまだ開渠でした。今は暗渠化され谷筋と明治公園からかつての姿を想像するしかありません。

ほいじゃ
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