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大銀杏と富士塚の鳩森八幡神社【千駄ヶ谷~ショート・ショート・フィールドワーク】(3)

地形図で見ると一般的な神社と配置が違います。岬の先端部や見晴しの最も良い立地であることが一般的です。鳩森八幡神社は崖沿いの高台であることは準じいますが岬からは少し離れて鎮座しています。
千駄ヶ谷3
由緒を読むと理解が深まります。平安時代かそれよりも古い時代に鳩森と呼ばれていました。仏教でめでたい事の前兆に現れる瑞雲とは紫や五色の珍しい雲『瑞雲(ずいうん)』が目撃される場所でした。
鳩森八幡神社
ある日、白雲が下りて来たので村人が林の中へ分け入ると多数の鳩が西へと飛んでいきました。その後、祠が建てられ『鳩森(はとのもり)』と呼ばれる様になりました。立地はこうして成立しました。

AD860年に慈覚大師が関東巡礼中に住民の要望によりご神体として神功皇后・応神天皇の御尊像を作り八幡神社としました。
鳩森八幡神社 大銀杏
この古い神社には大きな銀杏の木があります。昭和20年5月25日の山の手大空襲から奇跡的に焼失を免れた大銀杏です。樹齢は推定400年と言われています。
鳩森八幡神社 富士塚
鳩森八幡神社と言えば現存する都内の最古の富士塚です。関東大震災の時に被害を受けましたが修復されました。寛政元年(1789年)の築造と言われています。
鳩森八幡神社 富士塚
大正12年(1923年)の関東大震災で被害を受けました。築造当時の姿を留めた修復が行われました。現在に江戸中期以降に広まった富士信仰を知る上で貴重な資料となっています。
鳩森八幡神社 富士塚
山腹には自然の丸石を配置しクマザサが植えられています。山裾には御影石の里宮(浅間社)があります。他にも洞窟の中に安置された身録様や烏帽子岩、釈迦の割れ石があり富士山が再現されています。
鳩森八幡神社 富士塚
頂上は地上7mです。富士塚を築造した時に土を掘りだした場所は池になっていました。富士塚の基本配置と考えれています。現在は池は埋めらた様です。数人で植物を植えているところをみました。
鳩森八幡神社 富士塚
頂上付近には富士山の溶岩(ボク石)が配置されています。溶岩の穴に奥ノ院が鎮座しています。多くの江戸の人々は富士山まで行けなかった時代に富士信仰を身近に体感できる場所でした。
鳩森八幡神社 富士塚
反対側にも登山口があり複数の経路を通り頂上まで到達することができます。訪れた人々を飽きさせない造りとも言えます。また、日本人の発想力に感心させられました。

江戸時代には政治的、財政的な制約があった時代です。

諦めない心がミニチュアを作り実際に行けなくても行った気分になれる場所を作って仕舞いました。制約条件をもろともせず新たな文化までに発展させたのは逞しい発想力の賜物です。

この精神はのちの時代の日本人にも脈々と受け継がれています。制約条件は発想の母です。

ほいじゃ
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