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武蔵国分寺と周辺~その2【国分寺フィールドワーク・スピンオフ編】(17)

武蔵国分寺跡の背後にある参道を登り切ると薬師堂があります。夕方ともなれば人影もなくただ葉と葉がこすれ合うかすかな音が聞こえるのみです。国分寺崖線の上下に広がる新旧の武蔵国分寺を堪能しています。
薬師堂(国分寺市)
現在に残る国分寺薬師堂は1333年の分倍河原の戦いで焼失し1335年に再建、江戸時代の宝暦年間(1751~1764)に現在の地に移築、再建されたものです。薬師堂には国指定重要文化財が安置されています。

作者不明ながら鎌倉時代初期に制作されたとされる「木造薬師如来像」です。像高は191.5cmもあるそうです。鎌倉時代初期の作ならば武蔵国分寺が焼失する前からあったことになります。
薬師堂前のお地蔵様(国分寺市)
薬師堂の前には古いお地蔵様が三体あり堂の方向を向いています。不思議なバランスの気になるお地蔵様です。九頭身というか現代風に言えば小顔なお地蔵様です。案内板には何も記載されていません。
武蔵国分寺-001
位置関係をもう一度見直してみます。旧武蔵国分寺は国分寺崖線下の広大な土地に作られていました。現在の武蔵国分寺は崖線直下にあります。崖線の法面に作られた参道を経て薬師堂に到達できます。
八幡神社(国分寺市)
薬師堂のすぐ西隣には本村八幡神社があります。参道は「堂の坂」の途中にあります。創建年は不明です。神仏習合の時代を考えられば寺院と神社がセットになっているのは不思議な話ではありません。
本村八幡神社 境内社 祓戸神社、榛名神社
狛犬の横には境内社(祓戸神社、榛名神社)があります。神社の名に残る「本村」とは旧国分寺村を指す古い地名です。昭和40年の新住居表示制度後は現在の「元町」になっています。
国分寺公園
本村八幡神社の裏手には「国分寺公園」があります。旧武蔵国分寺の寺域の西辺と北辺あたりに位置しています。寺院、神社に面しており歴史的な重さを持つ名前にも関わらず一見すると普通の児童公園です。
土師竪穴式住居跡 国分寺公園内(国分寺市)
国分寺公園の一角に「土師(はじ)竪穴住居跡」と書かれた案内板があります。昭和31年の調査で武蔵国分寺の僧寺「金堂」、「講堂」と同じ時代の竪穴式住居が発見され「二号竪穴式住居」を史跡指定した場所です。

現在は埋めなおされています。土師とは土師器のことで使われた時代を指しています。弥生式土器の流れを汲む土師器は古墳、奈良、平安時代まで生産されていた土器です。

住居サイズは4.0×4.2mの正方形に近い形をし竈(かまど)跡が三カ所、土器も見つかっています。土器のほかには鎌(かま)や鍬(くわ)も発見さています。

この遺跡の位置関係が遺品が気になります。

1、武蔵国分寺の北西端
2、「東山道武蔵路」から100mほど東に位置する
3、窯×3、鎌、鍬、多数の土器が見つかっている

私は武蔵国分寺で寺社内で食料調達・加工をしていた人かメンテナンスのおじさんが寝泊まりしていたのではと想像しています。

最後に古代日本史のロマン「東山道武蔵路」へ向かいます。

つづく…ほいじゃ
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