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七重塔跡、武蔵国分寺跡【国分寺フィールドワーク・スピンオフ編】(15)

東京の国分寺を午後だけで回り尽くすのは無理です。お鷹の道も真姿の池を過ぎれば終わりですが辺りはうす暗くなり始めました。到底「武蔵国分寺尼寺跡」や「伝鎌倉街道」まで足を延ばせそうはありません。
おたカフェ(国分寺市)
史跡の駅「おたカフェ」と「おたかの道湧水園/武蔵国分寺跡資料館」が見えて来ました。しかし、武蔵国分寺跡と東山道武蔵路を陽のある内に踏破する策に切り替えたため無念にもスルーします。
おたかの道湧水園(国分寺市)
ゆっくりと回われる時間があれば国分寺の歴史と自然を深く味わえる場所だっただけに残念です。とりあえず武蔵国分寺の史跡群を目指しました。まずは「おたカフェ」から200mほどの所にある「七重塔跡」です。
七重塔跡(国分寺市)
突然、殺風景な場所に出ました。この辺りがすべて史跡なのでしょうか?片隅にぽつんと大きな木とむき出しの礎石があります。看板には「七重塔跡」と書かれています。名前の豪華さからは程遠い様相です。
七重塔跡(国分寺市)
「金字金光明最勝王経」を納めるために建てられた塔です。「続日本後紀」によると835年に落雷で焼失し十年後に再建の申請が出された記録があります。昭和39年の発掘で再建されたことが確認できました。
武蔵国分寺跡(国分寺市)
七重塔は武蔵国分寺南門の東です。250mほど歩くと武蔵国分寺跡はあります。奈良時代中期に聖武天皇は仏教の力で国を安定させようとし東山道武蔵路の東に広大な寺院を建立しました。金堂跡には礎石が残っています。

金堂の奥には講堂がありました。何やら工事をしています。
武蔵国分寺跡(国分寺市)
国分寺市のHPには次の様に書かれています。「平成25年度は、講堂跡の基壇復元工事を実施します。講堂基壇の外装には瓦が積まれていたことが発掘調査により判明しており、今回の工事では、その様子を復元します。」
武蔵国分寺跡(国分寺市)
案内板にあった復元模型の写真のことだと気付きました。基礎部分のみの復元なので上物はお目にかかれません。今回は「史跡武蔵国分寺跡整備工事」の第一期工事ということで第二期には建物も再現されるのか興味があります。
武蔵国分寺跡(国分寺市)
ちなみに「史跡武蔵国分寺跡整備工事」で手掛けられる部分は他に「中門平面表示」、「南門平面表示」、「(七重)塔2周辺環境整備」、「伽藍地区画溝平面表示」などがあります。

詳しくは国分寺市の「武蔵国分寺跡第一期整備の基本設計がまとまりました。」に書かれています。PDFには図面もありどの様になるか分かります。

今はビジュアル的にかつての武蔵国分寺をとらえることは難しい状態です。工事が進めばどこに何があったのか「見える化」が進みます。講堂跡の工事は3月末まで終わるそうなのでまた訪れてみます。

つづく…ほいじゃ
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