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一里塚、不動橋へ【国分寺フィールドワーク・スピンオフ編】(11)

毎日の様に一つの地域について書いていると点と点が線でつながって来ます。今回は国分寺に通る昨今の道が合流する場所です。「お鷹の道」を目指して国分寺駅から「池の坂」を下りました。
国分寺一里塚と3道
【拡大できます。「ハケの道」=橙、「お鷹の道」=青、「国分寺街道」=赤】

カシミール3Dで「ハケの道」、「お鷹の道」、「国分寺街道」を描いてみました。坂下の「一里塚第2」の信号から「不動橋」辺りで3本の道が合流します。古の国分寺村の重要な場所だった様に見えます。
池の坂(国分寺市)
国分寺駅から「お鷹の道」へ案内版を辿り歩いて行くと台地が急激に落ち込んでいる所が見えてきます。「池の坂」です。ネット上の坂関係のページに「池の坂」は登場するのですが市史編纂室では認知していないそうです。
池の坂(国分寺市)
「池の坂」は距離にして約136m、高低差約10.6mの78‰の登山鉄道クラスの坂です。歩いた際に「坂だな~」と感じると勾配と湾曲して先が見えない風景が特徴です。個人的には好みの坂です。
一里塚と池の坂(国分寺市)
坂下まで下ると「一里塚第2」の信号があります。何街道の一里塚かと思い調べると国分寺街道でした。府中の大國魂神社を起点する街道の一本で現在の小平市まで続く道です。「東京都道133号小川山府中線」とも言います。
不動橋(国分寺市)
「国分寺街道」が野川と交差するあたりに「不動橋」があります。現在は木製ですが依然は石橋でした。橋の近くには石橋供養塔があります。石橋自体の供養と禍が橋を渡り村に入らぬよう防ぐ意味があると案内板にあります。
不動明王碑と庚申塔(国分寺市)
他にも石塔があります。写真の右側は庚申塔で1745年のものです。国分寺村講中11名が建てたものです。写真の左側は不動明王と刻まれた石塔です。いつ誰が建てたものなのか不明です。

国分寺村の重要な場所であったことは間違いないでしょう。

不動橋の横は「日立製作所中央研究所」から流れ出た「野川」と「真姿の池」から流れ出た「元町用水路」が合流するポイントでもあります。道のロマンだけでなく水のロマンもありそうです。

つづく…ほいじゃ
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