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新次郎池とくらぼね坂【国分寺フィールドワーク・スピンオフ編】(6)

「ここだよね?入っていいの?」

「新次郎池」という妙な名前の湧水を目指して東京国分寺の「ハケの道」を歩いています。国分寺崖線にある東京経済大学が見え来ます。門の前に立つと「どうぞ入ってください。」という雰囲気です。
新次郎池 東京経済大学内(国分寺市)
門の近くに「公開空地・公開空間利用者の皆様へ」という看板がありました。大まか要約すると9:00~18:00に決めれた範囲で喫煙などをせずに自己責任で入ってくださいという内容でした。
国分寺新次郎池-005
【拡大できます。】

新次郎池は国分寺市で最も東に位置する湧水です。2003年に「東京名湧水57選」に選ばれています。言うまでもなく国分寺崖線のハケから湧き出た水です。水源は池を周囲に5ヵ所あります。
新次郎池 東京経済大学内(国分寺市)
敷地に入り谷底を進みます。まず見えるのが水の流れが暗渠となる場所です。池の方から流れて来た水で大学の敷地を出た後は道路の下を流され野川に合流します。野川の支流のひとつです。
新次郎池 東京経済大学内(国分寺市)
さらに進むと両側と前方を崖に囲まれたスリバチ地形になっています。右手には池から続く水路があります。大学の敷地になる前は山葵田(わさびた)として利用された場所です。

元々は赤坂葵町にあった学校がこの地に移転して来たのは1946年のことでした。空襲による焼失が原因です。
新次郎池 東京経済経済大学内(国分寺市)
新次郎池に到着しました。経済学者であり社会運動家だった北澤新次郎(1887-1980)氏が東京経済大学の学長だった昭和32年から昭和42年までに池として整備されました。新次郎池と呼ばれる所以です。
新次郎池 東京経済大学内(国分寺市)
池の上部を見ると斜面はさらに上へと続いています。国分寺崖線に露出する関東ローム層の法面です。ロームとは粘土質の土壌を指します。関東ローム層は風で巻き上げられた物質が100年で1cmという驚くべき時間をかけて体積した層です。

一般的には赤土ですが近1万年に堆積した層は色が黒く「黒ボク土」と呼ばれています。
新次郎池 東京経済大学内(国分寺市)
池の両脇はスリバチ地形らしく急な斜面になっています。大学がある西側の斜面は階段が設置されています。大学の構内と言うよりは山谷の光景です。池は標高59m辺りで標高70mまで続く崖に囲まれています。
新次郎池 東京経済大学内(国分寺市)
新次郎池には今でも清らかな水が湧いています。水量は季節によって変動するそうです。今回は水量が少ないと思わえる冬に訪れたので夏に来れば別の顔が見れと思います。

ここで新次郎池とお別れです。そして、東側の崖に注目しました。
くらぼね坂(国分寺市)
東京経済大学の門を出て東に「くらぼね坂」があります。新次郎池の東側の斜面の上に通る坂道です。尾根道の様に見えるためか別名を「くらおね坂」と言います。

国分寺市内の国分寺崖線の坂に殆ど名前はつけられていません。しかし、この坂は歴史がある坂なのか名前があります。

雨が降ると赤土で滑り易くなり歩いて登っても、馬(鞍)で登っても骨を折る坂だったため「くらぼね坂」と呼ばれる様になったという説があります。まさに関東ローム層ならではのエピソードです。

また、「くらぼね」とは段丘崖を意味する言葉だったという説もあります。

明治時代前期に作られた迅速速図にも載っている「くらぼね坂」は野川から始まり武蔵野段丘面に乗り切ったところで終わります。長さ240m、高低差19m、79‰(カシミール3Dによる計測)の坂です。

時間の都合上、残念ながらこの坂を昇り降りしながら堪能することはできませんでした。Sの字に湾曲する姿が魅力的な坂でした。次の機会にリベンジをしたい坂です。

次は小金井市内に入り貫井神社を目指します。ここにも国分寺崖線の湧水があります。

つづく…ほいじゃ
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