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大池と国分寺崖線【国分寺フィールドワーク(東京スリバチ学会)】(3)

東京都は山間部を除いて自然はなくなっていると思っていました。そんなことはありません。国分寺にはしっかりと残されています。清らかな水が湧出て貯まる姿を見て安心しました。

日立製作所中央研究所の大池です。
大池と野川源流(日立製作所中央研究所)
日立製作所中央研究所の敷地に国分寺崖線が通っており野川の源流は大事にされています。全長20.5㎞の多摩川水系一級河川の野川は国分寺市から世田谷区まで流れた多摩川と合流します。
大池と野川源流(日立製作所中央研究所)
研究所内にいくつかの湧水があるそうです。実際に湧出る所は見れません。水は昭和33年に完成した「大池」に一旦集められます。そして、一本の水路にまとめて敷地の外へと流れ出します。野川のはじまりです。
大池と野川源流(日立製作所中央研究所)
崖線の事を地元の言葉でハケとかママとか言います。国分寺崖線には野川に合流するいくつもの湧水があります。研究所内のハケの湧水野川の中心的なものです。それ以外の代表的な湧水は御鷹の道にある「真姿の池」です。
大池と野川源流(日立製作所中央研究所)
2013年11月の秋の一般公開日の写真です。腕に頼らずとも良い写真が撮れます。東京都の中央線沿線というよりは山間部の静かな湖畔の様な写真です。東京多摩の自然はこれからも大事にしたいものです。
大池と野川源流(日立製作所中央研究所)
多摩地区の湧水がすべて残っている訳ではありません。神田川の源流として知られる井の頭公園の湧水「お茶の水」は高度成長期に枯れて今は井戸水を深い所からくみ上げています。国分寺崖線の貴重さが分かるでしょう。
広場の勾配(日立製作所中央研究所)
国分寺崖線の成り立ちは多摩川の旧河道だったと言われています。更新世(258万年~1万年前)に今よりも北側を流れた多摩川が武蔵野台地を浸食した跡です。その後に流路は南下します。

敷地内からは先土器(~16000年前)の遺跡が発見されています。武蔵野の古代日本人は多摩川の流れが崖線を削る様子を見ていたいのかもしれません。
野川源流(日立製作所中央研究所)
中央研究所内の崖線を登って行くと下から乱反射する光が目に飛び込みました。前のブログで紹介した谷から流れる湧水とは別です。すべての湧水を分け入って探したい衝動にかられます。
広場の勾配(日立製作所中央研究所)
国分寺崖線の上の武蔵野段丘まで上がりました。敷地内からは先土器時代だけでなく縄文、弥生時代の住居遺跡も発見されています。この辺りは奈良時代に武蔵国分寺として栄えた文化の中心地です。

営利団体にも関わらず素晴らしい光景を維持しいます。日立製作所には感謝します。国木田独歩が『武蔵野』で描いた武蔵野の山林を思わせる数少ない場所です。

つづく…ほいじゃ
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