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夜の新富町と陰影【東十条・王子・駒込フィールドワーク(東京スリバチ学会)】(28)

夜だからこそのインパクトでした。仕事で通ったことのある新富町の踏み入っていない領域を歩きました。駅周辺とは一線画しています。湊2丁目です。
夜の新富町(東京)
DEEP東京というサイトにも掲載されています。バルブ期に地上げ屋が暗躍した場所です。街はズタズタに引き裂かれた状態になり廃墟の様に見える街並みに今も人々の生活は続いています。
minato2.jpg
UR(独立行政法人都市再生機構)により再開発が進められた地区です。予定では2棟のビルが建ち一方は地上37階、高さ133mの高層ビル(B街区)です。完成すれば現在の姿が一変するのは確実です。
夜の新富町(東京)
今は地上げにより歯抜けになった街並みが続いています。寂しさよりも侘しさを感じて仕舞う情景です。都心部としては珍しく空襲の被害がなかった地区もバブルの襲撃に燦燦たる状況です。
夜の新富町(東京)
江戸時代には本湊町として湊河岸などがあり栄えた町です。現在ではかつて多くあった紙業倉庫などの町工場が部分的に残る程度です。再開発と抵抗する住民の狭間で街の新陳代謝は止まっています。
夜の新富町(東京)
はぎ取られた街の一角から佃島を眺めると近代的な都市が対照的に浮かび上がります。大川端リバーシティーです。URと三井不動産が石川島播磨重工業跡地を再開発をした地区です。

117mから180mの摩天楼が8棟並んでいます。これが未来の新富町かもしれません。
新富町
忘年会を行う場所としては実に興味深い場所です。街歩きと言っても歴史、地形、だけでなく建物や街そのものを楽しむ分野もあります。特に古くなりいつなくなってもおかしくない建物は見るのは今しかありません。
夜の新富町(東京)
忘年会後に新富町駅へ向かう一行はとある建物に立ち寄りました。昭和6年(1931年)に竣工した正金アパートです。耐震基準を満たさずに建て替えが決まっています。

あのエンパイア・ステート・ビルディングと同期です。

古いものがなくなって行く姿は悲しいものがあります。街の新陳代謝はある程度必要ですがバランスを崩すと文化が失われていくような気がします。

完…ほいじゃ
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