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いくつもの顔を持つ公園【東十条・王子・駒込フィールドワーク(東京スリバチ学会)】(23)

近代公園の外見ながら土を掘り返すと先土器時代から近代までの複合遺跡が出る場所です。東京都北区の滝野川公園です。それだけではありません。複数の顔を持つ滝野川公園を訪れました。
滝野川公園(北区)
昭和57年(1982年)に都内で初めて郡衙(ぐんが)跡と推定される場所が発見されました。郡衙とは古代律令制度の時代に郡司(地方官)が政務を行なった役所です。

奈良・平安時代に造られた武蔵国豊島郡の郡衙と推定されています。
滝野川公園と平塚神社-001
地形の観点から見ると崖線の先端にあり低地を見渡せる所にあります。隣接して奈良時代から街道があったと考えられます。江戸時代に日光御成街道(岩槻街道)と呼ばれた本郷通が通っています。

滝野川公園から発掘された遺跡群を御殿山遺跡と呼びます。御殿山の名は江戸時代の古地図にも記載されています。地理的、地形的、歴史的に見て郡衙があっても不思議ではない場所です。
滝野川公園(北区)
滝野川公園は防災公園としての顔を持っています。消防署、北区防災センターが隣接しており災害備蓄倉庫、応急給水槽(1500トン)、深井戸、散水塔(放水銃)などの防災設備がそろっています。

表向きは児童公園の顏が強く幅22mの丸池に高さ5mの御影石の壁から水が落ちるようになっています。夏には水遊びをする子供たちで賑わうそうです。訪れた時は水はありませんでした。
滝野川公園(北区)
微高低差ながら小さな丘を持つ公園でもあります。ちなみに標高25.8mの三角点があり飛鳥山の25.4mよりも高い場所です。上野から赤羽まで続く崖線で最も高い三角点があるところです。

発掘作業と土地改変があり分かりませんが御殿山跡かもしてません。
滝野川公園(北区)
崖線の法面を覗きました。子供の遊び場としては最高の急斜面があります。下にはテニスコートがあります。滝野川公園は体育館も有しスポーツ公園の顏も持っています。小さな谷戸のようにも見えます。
滝野川公園と平塚神社明治43
昔からの等高線を高い精度で残す陸地測量部の地図によると公園の背後の崖は昔からあった様です。また、テニスコートがあるところは昔から谷戸の様にスリバチ状の地形になっていました。

そして、25m台の微高地は今よりも広く2カ所にあったと推定できます。

最後に近代農業の研究施設だった農業試験場の跡地の顔をもあります。近代日本の発展に寄与した場所として碑が残されています。

児童公園、防災公園、スポーツ公園、歴史公園、遺跡公園(先土器、奈良平安、江戸時代、近代)、特徴のある地形がある公園と様々な顔を持つ滝野川公園です。

つづく…ほいじゃ
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