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谷津大観音と寿徳寺【東十条・王子・駒込フィールドワーク(東京スリバチ学会)】⑮

巨大な観音像が道端にありました。北区滝野川4丁目の石神井川沿いに突如現れます。私が通りかかった時に熱心にお参りしている方がいました。どの様な場所なのでしょうか。
谷津大観音 寿徳寺(北区)
石の状態を一見すると最近できたものだと分かります。調べると平成20年(2008年)に寿徳寺によって開眼された谷津大観音でした。お寺の門から60mほど離れた所にあります。
寿徳寺の江戸時代支配域
江戸の古地図を見比べると当時は石神井川河岸まで境内でした。東側は現在の住宅街の一部が境内だったことが分かりました。推定ですが当時の境内を点線で引いてみました。

東側は現在も残る道が境内の境になっていました。太い線で表してあります。
寿徳寺横の古道
江戸時代から残る寿徳寺横の古道は観音像の脇から伸びています。観音像がある辺りは当時は河岸だったと考えられます。この古道は蛇行しながら旧境内北側の道へとつながっています。
kitaku_takinogawa2.jpg
カシミール3Dで作成した立体図を起こしてみると江戸時代は十条台と音無川の斜面を領地とした寺院だった事が分かります・明治後期の古地図を確認すると境内の広さは現在の規模に縮小されていました。
寿徳寺(北区)
このお寺は正式名が山号が南照山、寺号が寿徳寺、院号が観音院と言います。真言宗豊山派の寺院です。通称は谷津(子育て)観音です。境内に大イチョウの皮をご飯に入れて炊くと母乳が出ると言い伝えがあります。

印象的な点は南照山という地形の利を表現している山号です。十条台の南側斜面にあり日当たりが良い場所です。
近藤勇 寿徳寺(北区)
寺院の入口に近藤勇と新撰組隊士供養塔があります。近藤勇の菩提樹される寺で処刑場の近くだった板橋駅前にある境内外墓地に墓があります。

近藤勇の墓所とされる場所は京都から東北まで点在します。東京には出身地近くの龍願寺(三鷹市)と寿徳寺の2カ所があります。
寿徳寺東横の路地(北区)
境内を出て東側へ歩きました。昔ながらの路地が続きます。東に向かい斜面になっています。北区中央公園付近から石神井川に流れていた小川がこの先にあったためかもしれません。

境内東側の道をはさんだと所に小さな神社がありました。
寿徳寺東横の路地(北区)
次は北区中央公園へ小川の痕跡と妙なスリバチ地形を探しに向かいます。

つづく…ほいじゃ
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