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幻の洞窟~音無もみじ緑地【東十条・王子・駒込フィールドワーク(東京スリバチ学会)】⑬

前回に音無さくら緑地を紹介しました。今回は音無もみじ緑地です。昭和50年前後に石神井川が直線化され蛇行した旧河道は平成6年に音無緑地として整備されました。
ohji_fukan4-001.jpg
現在の地形をカシミール3Dで表現すると旧河道がはっきりと浮かび上がります。直線化された石神井川に残された旧河道の窪地が緑地化された事が分かります。
otonashiryokuchi_meiji43.jpg
明治43年の陸地測量部の地図を見ると直線化される前の石神井川は現在の姿から想像ができないほど蛇行していました。江戸時代から昭和50年前後までほぼ同じ流路が残っていました。

音無さくら緑地は旧河道をそのまま活用して緑地化されています。しかし、音無もみじ緑地は土地改良が行われた痕跡があります。蛇行した旧河道は窪地として原型を保ちつつも埋め立てられています。
音無もみじ緑地(北区)
現地を観察すると旧河道が蛇行した流路は人工的な傾斜に改変され容易に登り下りができるように工事されています。上流部には切り立った壁が設けられ旧河道が踏襲されています。
音無もみじ緑地(北区)
上流側からの眺めも撮影しました。下流部に築かれた傾斜が視覚的に分かります。窪地の中央部分はワンド(川の入り江)が作られています。

中央の池は標高にして6m台、遊歩道は7m台です。周囲の高い部分は標高13m台あり6,7mの窪みになっています。都区内らしからなぬ光景です。
音無もみじ緑地(北区)松橋弁財天洞窟跡
この地を描いた江戸名所図会が案内板に刻まれています。天保5年(1834年)の「松橋弁財天洞窟 石神井川」です。春には桜、秋には紅葉の名所でした。

茶屋でくつろぐ人や水浴びを楽しむ人が描かれています。当時は松橋が架けられ弁財天があった洞窟へ渡る事ができました。洞窟は昭和50年前後の直線化工事まで残っていたと解説されています。
otonashiryokuchi.jpg
弁財天には弘法大師作と伝わる弁財天像が祀られ源頼朝が太刀一振を奉納したと伝わる場所でした。残念ながらどちらも失われています。

現在、滝野川三丁目アパートがあるところに滝があったと解説に書かれています。かつて滝があった場所はアプローチし易い傾斜地になっており見る影もありません。
音無もみじ緑地(北区)
現在は紅葉の名所でなくワンドに来る水鳥たちを楽しむ場所になっています。江戸時代の絵図にある深山幽谷を思わせる崖も木々も洞窟もなく少々殺風景なところが残念に思えます。

しかし、地形好きにはかつての蛇行した石神井川をスリバチ状の土地で楽しめる場所です。東京スリバチ学会のフィールドワークに相応しい地形です。

旧河道の内側にあった崖と洞窟が跡形もなく壊されてしまったことは痛恨の極みです。



王子稲荷神社でフィールドワークの集団からはぐれてここまで一人で歩いて来ました。読みがあたり音無もみじ緑地で集団に合流できました。

スリバチ会長に稲荷神社からここまで歩いた経路を聞き再び集団を離れる決意をしました。一行が辿った経路を踏襲するためです。王子駅で再集合の時間に間に合えば問題ありません。

東京スリバチ学会のフィールドワークで経験した二度の「はぐれ」は不本意でしたが三度目は「自らの意思」でした。

つづく…ほいじゃ
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