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化かされた!?王子稲荷神社(後編)【東十条・王子・駒込フィールドワーク(東京スリバチ学会)】⑨

「江戸名物、伊勢屋、稲荷に犬の糞」という江戸初期の流行り言葉がありました。各地が商人が江戸に集まり出身地を店の名に使っていました。

また、野良犬が多く糞も多かったそうです。

稲荷は中世以降、商売繁盛の神と認知され稲荷神社が急増し流行り神とされていました。
王子稲荷(北区)
そんな中で王子稲荷には別格という自負がありました。東国三十三国総社という平安末期から続く伝承があり源頼朝の高祖父頼義は奥州追討の際に関東稲荷惣司として拝んだとされています。

また、源頼朝は治承4年(1180年)に祖父義家の腹巻、薙刀などを奉納したと社伝にあります。

しかし、江戸幕府は「東国三十三国」と宣伝する事に待ったをかけました。結局、「東国三十三国」の根拠となる幟や額が没収され処罰されました。

関東稲荷総社(関東八州惣社)としての観光宣伝が許可され現在に至っています。
王子稲荷(北区)
王子稲荷は狐火で有名な場所でもありました。狐火とは沖縄以外に伝わる提灯または松明のような怪火の列です。王子では大晦日に三十三国から狐火が集まり参拝するという民話伝承がありました。

王子の狐火は見事だったそうで農民が炎を数え翌年の豊凶を占ったと伝承されています。

狐火自体は超常現象的な話ですが江戸幕府が調査をしたという記録があります。幕府は縁起を作るために調査として行い伝承的な表現と理解した様です。
王子稲荷(北区)
王子稲荷神社の隠れた魅力は社殿の奥の本宮社付近にある古いものにあります。片隅に佇む2基の灯籠に惹きつけられました。一方に寛政7年(1795)、もう一方に文政7年(1824)と刻まれています。

文政7年の灯籠には再建と刻まれています。文政5年(1822)の社殿改築と関連がありそうです。
王子稲荷(北区)
王子稲荷の本宮社にある御石様があります。願懸けをしながら御石様を持ち上げた時に「重い」と思えば叶わず、「軽い」と思えば叶うというものです。

これは心理学だと思いました。

どんな物事でも臨む時に簡単だと思うと試練に挫け易くなります。逆に重い試練が来る覚悟で臨めば乗り越えて行けるものです。心構えを諭しているのでしょう。

「重いぞ~」と思いながら持ち上げると軽く感じるというものです。

ここでアクシデントが起きました。フィールドワークの最後尾にいた私の前に大きなスーツケースを持った女性二人組が並んでいました。

楽しげに御石様を持ち上げていました。かなり時間をかけていました。

私が石を持ち上げ神社を出る事にはフィールドワークの面々はすでに神社を後にしていました。「また、はぐれた」…稲荷神社だけに狐に化かされていたのかもしれません。

つづく…ほいじゃ
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