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前橋城の土塁を歩く【水が奏でる前橋の魅力を発見しよう!(前橋市+東京スリバチ学会)】⑫

歴史ある土地を回るとき城は重要な観光スポットになります。前橋市の場合は残念ながら城址跡をほとんど残っていません。逆に想像力を働かせてくれます。

前橋市と東京スリバチ学会が開催した「水が奏でる前橋の魅力を発見しよう!」の終盤で前橋城跡を歩きました。
厩橋護国神社(前橋市)
前橋東照宮内にある小さな厩橋護国神社の横を抜けて行きました。この辺りは前橋城の北曲輪(くるわ)があった場所です。曲輪(廓)とは兵が駐在させる城郭の重要施設です。
前橋城と現在(カシミール3D)
前回に登場した「るなぱあく(児童公園)」は空堀として活用されました。時系列に考えると掘ったというよりは自然の地形と先人が作った土手を利用した様です。

明治時代には搾乳目的の「赤城牧場」があったそうです。
前橋城土塁から前橋公園(前橋市)
桜並木で知られる土塁に登ると景色が開けました。前橋公園と利根川が見える前橋市を象徴した場所だと感じました。前橋城の名残を感じられる場所でもあります。
前橋城土塁 前橋公園(前橋市)
土塁の標高111~112m、写真の前橋公園は標高100m前後です。前橋公園は1905年(明治38年)に日露戦争記念を兼ねて市内最初の公園として作られました。
前橋城土塁 前橋公園(前橋市)
1959年(昭和34年)には皇太子御成婚記念として「鶴舞う形の群馬県」を模った「さちの池」が作られました。2002年(平成14年)には「親水・素性ステージゾーン」のうち3.3haが完成しました。
前橋城土塁 前橋公園(前橋市)
土塁は途中で切れて仕舞いました。先を見ると元々は県庁の裏へと伸びていたと推測できます。群馬県庁や前橋公園の開発で人の手が入った土地だと聞きました。
前橋城
群馬県庁前で見付けた「再築前橋城復元図」と書かれた案内版によると土塁は続いました。前橋城の本丸は群馬県庁の場所でした。前橋公園は三ノ丸の外郭(柳原口内)があったところです。

地形とは面白いものです。

自然だろうが人工であろうが年月を重ねると過去を知る手がかりになります。不自然さの裏には理由が必ずあります。歩くと心は過去へとタイムスリップします。

当時の人々にシンパシーさえ感じます。

つづく…ほいじゃ
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