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神社が集まる一角【水が奏でる前橋の魅力を発見しよう!(前橋市+東京スリバチ学会)】⑨

明治は神明町、平成は千代田町1丁目13番です。前橋市と東京スリバチ学会の「水が奏でる前橋の魅力を発見しよう!」で前橋市街地を歩きました。

広瀬川沿いから離れ、一行が向かった場所は神社が密集する一角でした。
銭洗弁財天(前橋市)
MAPIONには稲荷神社の名が大きく書かれていました。私の記憶に強く残るのは銭洗弁財天でした。また、インターネットで検索する神明宮の記事が出てきました。

この神社は一体何?
前橋
分かった事は数多くの神社が一区画に密集していることです。神明宮、稲荷神社、銭洗弁財天、猿田彦神社が鎮座しています。

他にも雷電神社、菅原神社、三峰神社、格納稲荷神社、嬬恋稲荷神社、屋敷稲荷神社があります。
猿田彦神社(前橋市)
広瀬川から小路を抜けこの一角へアプローチしました。江戸時代は前橋城下の武家地でした。神明小路、柳小路、向小路という小路がありました。

最初に神社群の一角に猿田彦神社が見えました。
銭洗弁財天と神明宮(前橋市)
境内に入ると参道が分岐していました。神明宮の参道と銭洗弁財天に架かる朱塗りの橋です。鮮やかな色合いの銭洗弁財天に惹かれました。

水辺の自然を模した岩の祠と分かり易いご利益が魅力的でした。
銭洗弁財天(前橋市)
再度、地図上で神社の配置を確認しました。銭洗弁財天が手前に陣どり、奥に稲荷神社と神明宮がツートップの様相でどっしり構えていました。

どこの神社か分かり辛い理由が見えました。
稲荷神社(前橋市)
銭洗弁財天を抜けると稲荷神社の参道に出ました。危うくはぐれると所でした。弁財天がボトルネットとなりフィールドワークの長い列はすでに前へ行っていました。

役場の人が最後にいなければ迷っていたかもしれません。稲荷神社をお参りすることなく足早に次の目的地へ向かいました。
迅速測図20140122前橋
明治前期に作られた迅速測図で昔の様子を確認しました。中央にある大きな池が確認できます。銭洗弁財天の池と推測できます。今よりも大きかった様に見えます。

神社群の外側まで目を向けると源英寺と敷地が繋がっている様に見えます。

江戸時代は神仏習合の時代です。寺と神社群が一体であっても不思議はありません。残念なことに私の資料が乏しくこれ以上は分かりませんでした。

一番残念なのは神明小路、柳小路、向小路の位置が判明しない事です。

新潟市は小路を前面に出して市街地の観光地化に成果を出しています。小路の名前と歴史が書かれた案内板を設置すると寂れた小道が特別な小路になります。

是非とも案内板を付けて欲しいものです。

また、東京都文京区の様に旧町名と歴史が書かれた看板があればと思いました。何もとないとただの通過点になって仕舞います。

つづく…ほいじゃ
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