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弁天通りと広瀬川【水が奏でる前橋の魅力を発見しよう!(前橋市+東京スリバチ学会)⑧

地方都市は車社会と化して行きました。戦後復興を遂げた前橋でしたが高度成長期以降に日本各地で起きたドーナツ現象に例外なく苦しめられ現在に至っています。

その象徴的な場所が「弁天通り」だと感じました。
前橋弁天通り
2013年11月3日に前橋市と東京スリバチ学会が開催された「水が奏でる前橋の魅力を発見しよう!」で広瀬川沿いの「弁天通り」はコースに組み込まれていました。

上下2枚の写真は広瀬川沿いにある「前橋弁天通り」です。全国でも珍しいカーブを描くアーケードを持つ商店街です。写真は週末の様子です。

上の写真ではアーケードが賑わっている様に見えます。下の写真は一行が次の目的地へ向かい最後尾の人たちのみになった状態です。

週末にも関わらず人はまばらで店はほぼ閉まっていました。「全国で見られる商店街の光景がここにも…。」
前橋弁天通り
奥の方に小さな人だかりがありました。後で調べて分かったのですが「弁天ワッセ」という毎月3日に行われる外部からも出店できる月例イベントです。

近年では昭和ノスタルジーを感じさせるアーケードはドラマやCMの撮影現場として使われる機会が増えています。

弁天通りの由来はアーケード横の大連寺に弁財天が祀られていることにあります。歴史を遡ると利根川の氾濫が鎮まる様に祈願して祀られた弁天様でした。
前橋弁天通り
1505年 虎淵の丘(現在の臨江閣の隣)に大連寺が創建
1616年 初代城主酒井重忠公が弁天堂を祀る
1650年 大池を作り中心に弁天堂を祀る
1910年 大池が埋め立てられる本堂と弁天堂を建立
1945年 前橋大空襲で焼失
1698年 弁天通りアーケード完成
1976年 本堂再建
1990年 弁天堂再建

気になる点は「大池」です。埋められたのが1910年(明治43年)なので明治前期に作成された迅速速図には掲載されていまるはずです。

地図の中央にまるで「群」という字が丸に囲まれた様に見える所があります。

これは丸い池と弁天島が描かれているのでしょう。丸い池は広瀬川と接している事が分かります。池の西には卍のマークがあり大連寺だと思われます。

記録では広瀬川が引いたとされているので間違いないでしょう。

弁天通りのアーケード付近は市街地の外輪にある地域だった様で建物のまばらです。大池が埋められ市街地拡大と伴に発展したと想像できます。

車社会で空洞化した市街地をどの様に活性化するのか?試行錯誤が続いています。

つづく…ほいじゃ
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テーマ : 日帰りお出かけ
ジャンル : 旅行

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弁天ワッセ

弁天ワッセの日だけは、結構盛り上がってますよ♪

・・・・・基本シャッター街ですが、弁天通りから繋がるのん呑龍

横丁は昭和の雰囲気満点でいいですよ。

私もクレイジーボーラーさんも世代的に、

ここで飲みたくなる雰囲気です。

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