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ひぐらし坂と評価!【(西日暮里)ショートフィールドワーク】③

「ひぐらしの里」とも「新堀」と言われた日暮里です。景勝地で「虫聴き」の名所でした。昔は遠く筑波山や日光の山々も見える場所でした。

ひぐらし(日暮)の里+新掘(にいほり)村=日暮里
ひぐらしの坂(西日暮里)
日暮里駅、西日暮里駅は最寄りのJR駅という事でよく歩く場所です。しかし、西日暮里駅から田端駅はまだ歩いていません。30分ほど時間があったので少しだけ踏み込んでみました。
道灌山通り
現在の西日暮里駅は台地を切り通し造られた直線的な道灌山通りが貫いています。昔の道はクランク状のコーナーがありました。写真の左側が田端方面です。
江戸時代の西日暮里あたり
太田道灌が出城を作った伝承がある場所をいつの頃からか道灌山と呼んだそうです。道灌山は西日暮里駅から見て田端駅方面の台地を呼びます。

ちなみに日暮里駅方面はかつて「ひぐらしの里」と呼ばれた諏訪台です。
ひぐらしの坂(西日暮里)
「ひぐらし坂」から田端台へ踏み込もうとすると2枚の案内板がありました。1枚目は「道灌山遺跡」です。海成グラウンドから縄文前期から江戸時代までの複合遺跡が見付かった場所です。

2枚目は「佐竹屋敷と渡辺町」です。

秋田藩主の佐竹氏の抱屋敷があった場所で「衆楽園」と命名された山荘があり城北屈指の庭園でした。江戸時代以降もしばらくは佐竹氏が所有していました。

その後、渡辺銀行頭取が購入し渡辺町と呼ばれた時期がありました。
ひぐらしの坂(西日暮里)
ひぐらし坂は左右と2箇所の曲がり角があるS字坂です。最大勾配と思われる辺りで傾斜を計測しました。「6.65°117‰」…坂としてはまあまあな登りです。

先日のブログにに書いた「間の坂」と比較!
◯間の坂
 台地クラス>坂>
 「8.35°147‰ 約114m 約13.6m差」
 「歴史D、地形C、芸術C」…明治後期の鉄道開通後にできた坂の様です。
  ☆駅の下から上まで坂が伸びる奇抜さで芸術評価C

次の角でまた案内板が2枚ありました。1枚目は「道灌山遺跡」について、そして2枚目は「1号住居址」についてです。縄文前期から現在に至るまで人の営みが続いた場所です。
田端台と諏訪台とひぐらし坂
◯ひぐらし坂の評価?
 「6.65°117‰ 約114m 約13.6m差」

歴史的価値、地形的価値、芸術性はどうでしょう。

物理的な坂としてはそれなりですが、歴史があり地形としても田端台(道灌山)の入口という事で好評価です。しかし、いくつか問題点が見付かりました。
西日暮里の坂 明治42
明治42年陸地測量部の地図と比較すると坂下の部分が改変されています。明治末期はJR線は開通して間もなく昔の道筋が残っていた時代です。

道灌山通りの切通し工事はまだ行われていません。

「歴史評価」=C、「地形評価」=C
  江戸時代は佐竹氏の屋敷内。道灌山通りが切通して作られ坂下部分が改変された。

「芸術評価」=D
  角が2箇所あるが美しい曲線ではない。

江戸の坂ではなく改変がある点で好評価を避けました。
田端台 ひぐらし坂上
個人的には「ひぐらし坂」を過ぎた後の道をお気に入りました。坂が合流するうねった尾根道です。
田端台 ひぐらし坂上
横道をふと見ると色違いの小規模な階段が魅力的です。一部だけ修繕した跡なのでしょうか?
西日暮里駅から田端台へ上る坂
前のブログで紹介した田端台の崖線を感じられるこの眺めも見事です。電車撮影スポットになるかも?
田端台 ひぐらし坂上
反対側からも坂が合流する地点を眺めました。趣があります。特に折り返しのある坂が好きです。
西日暮里 江戸時代
(赤い線で現在の「道灌山通り」を入れました。)

「根岸谷中日暮里豊島辺図(1856年)」を見ると「ひぐらし坂」は佐竹氏の屋敷内です。田端台公園あたりに「道灌山」と書かれています。
田端台公園
一見何でもない田端台公園は実は歴史的に重要な場所だったのかもしれません。とりえあえず、次の機会に田端台を踏破します!

道灌…関東の歴史好きには魅力的な名前です。

ほいじゃ
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