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江戸時代のクオリティ「東京地歴発見~G空間EXPO2013」③

危機感は物凄いパワーを生み出すものです。黒船はかなりの衝撃だったのでしょう。たった八ヶ月間で品川沖に3基の人工島を作ってしまいました。

川越藩、会津藩、そして第三台場を作った忍藩は財政的に大変だったことでしょう。

江戸の海上防衛のため品川台場(品川砲台)は1953年8月に着工され、翌年4月に第三台場まで竣工しました。
第三台場
日本科学未来館で開催されたG空間EXPO2013のエデュケーションプログラム「東京地歴発見」に参加しました。目的地は第三台場です。

第三台場は台場公園として1928年7月7日に開園しました。
第三台場
谷を愛する東京スリバチ学会の皆川会長が説明することになった理由は台場の形でしょうか?第三台場は一級スリバチ地形にです。

四方が高く中央部が窪地になっています。一辺の長さが約160mの正方形をしています。
第三台場
人工島はスリバチにカウントされるのか疑問がありますが、江戸時代末期に巨大要塞を6基を僅か一年三ヶ月で作った事に驚きを感じました。

これだけの土はどこから持って来たのでしょうか?
台場 土取り場所
品川台場というだけあって最寄の品川から土を運んできました。品川の御殿山、八ッ山、高輪、泉岳寺境内の土です。現在の地形にその痕跡が残っています。

昼間に東海道を封鎖して行なった大工事でした。
お台場 十字砲火はこんな感じ?
ここまでして造られた台場ですが実際に使われることなく明治維新を迎えました。設計上どのように使う予定だったのでしょうか?

十字砲火を可能にするため各台場は45度傾けられています。

十字砲火は2方向から十字に玉を打込む守備的戦術です。船の側面を攻撃できる効果的な戦法です。現代でも破るのが難しい戦術です。
第三台場
東京湾の潮の流れにも関わらず1854年に完成した第三台場は160年も原型形を保ち続けています。突貫工事にも関わらず、このクオリティーとは驚きです

メンテナンスの有無、頻度は分かりませんが石垣、盛土部分、そして基礎は健在です。
第三台場
石垣の上は盛土に芝生が敷かれ木々が植えられ今は憩いの場です。江戸時代の土木技術には常々感心させれます。このd時代、全国各地で川の流路を付け替えや埋立てが盛んに行われました。

今を生きる私たちはその土地の上での生活や経済を営んでいます。
第三台場
スリバチの中へに一ヵ所だけ海に直結している所がありました。柵があり中には入れないのでカメラを突っ込んで撮影しました。

海へつながる船着場跡の両側にある頑丈な石垣が印象的でした。

…現代の技術力は高く、昔は低いと考えがちです。現代の高い技術レベルは道具の進歩によるところが大きいのかもしれません。

江戸時代の人々の能力の高さをリスペクトできる場所でした。

つづく…ほいじゃ
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