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自由の女神も防波堤も気になる「東京地歴発見~G空間EXPO2013」②

ガンダムから自由の女神へ。現代のお台場を象徴する2体の像は高度成長期以前のこの海に存在しなかった土地に築かれています。今や未来都市の様なお台場…

この半世紀の発展は凄いものだと感心させられます。

2013G空間EXPOの「東京地歴発見」で東京スリバチ学会の皆川会長の説明を聞きながら一行は江戸時代末期に初めて造られた人工島「第三台場」へ向かいました。
自由の女神 お台場
私はどうでもいい事に疑問を感じます。まず、自由の女神の存在理由です。調べると1998年4月29日から1999年5月9日までフランス年事業の一環としてパリから来た自由の女神が立ってたそうです。

私が海外駐在した頃です。ニュースで騒いでいた事を思い出しました。

「臨海副都心まちづくり協議会」がフランス政府にレプリカの制作を要望し認められました。2000年にフランスで鋳造された高さ11m、重さ9tのブロンズ像が設置されました。

皆川会長からは「自由の女神」の台座に纏わる裏話を聞きました…。
中法防波堤 お台場
次に気になったのは長細い島です。13号埋立地と第三台場を接続する通路の様にも見えます。ただ、長細い島はその先へも続いています。

古い防波堤だという事が説明で分かりました。ただ、私はさらに細かい事が気になりました。
中央防波堤 お台場
まずはいつできたか?です。調べると防波堤は1930年(昭和5年)の竣工の様です。加えて、アプリ「東京時層地図」の陸地測量部地図を見比べました。

大正時代の地図にはなく昭和3~11年の地図で防波堤は現れました。
昭和初期
【東京時層地図 地測量部地図 昭和戦前期】

防波堤は建設時から第三台場と地続きで作られていました。1931年(昭和6年)から10号地の埋め立てが始まっていました。埋立地は徐々に広がって行きます。

後にお台場と呼ばれる13号地は1961年から開発が始まりました。
高度成長期前
【東京時層地図 地測量部地図 高度成長期前夜】

第三台場の先にある2つの長細い島は「鳥の島」と言います。高度成長期前までは一つの島だったことが分かります。1963年の航空写真では2つに分かれていました。

当時は第三台場貯木場と呼ばれ、木場として利用されていました。
お台場俯瞰アップ
1971年(昭和46年)13号地の埋め立て完了
1971年(昭和46年)船の科学館
1976年(昭和51年)首都高湾岸線東京港トンネルが開通
1983年(昭和58年)貯木場廃止
バブル期
【東京時層地図 地測量部地図 バブル期】

1987年(昭和62年)レインボーブリッジ着工
1993年(平成5年)レインボーブリッジ竣工
1995年(平成7年)ゆりかもめ開業
1997年(平成9年)フジテレビ移転

1990年代はほとんど日本にいなかったので気付いたらお台場があったという感じでした。

帰国時に訪れた記憶が薄らとあります。今の風景とは違い開発が進んだ地区とそうでない地区が分かれていた記憶があります。

ちなみに埋立地を語る上で地形と呼んでも良いのでしょうか?疑問です。

つづく…ほいじゃ
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