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かつての面影は「日吉フィールドワーク(東京スリバチ学会)」(22)

井田3丁目は平らな台地と深い谷戸が地形的に魅力的な地域です。しかし、歩みを進めるとかつての面影はほとんど残っていません。

唯一残る場所が前回書いた「中原区市民健康の森」でした。

東京スリバチ学会の「日吉フィールドワーク」は井田山の谷間「中原区市民健康の森」をあとにして台地を登りました。
idadai_142mx15.jpg
川崎市地名辞典(小学生用)によると井田という地名の由来は「湧水(井)がある処(田)」となっています。今は「家ひしめく処」という様相です。
日吉3丁目
谷戸の真ん中を貫く道に入りました。字名は「中原通」でした。かつて田んぼが広がっていた所も今や両側から住宅がせり出し、ひしめく所です。
日吉3丁目
谷間を少し進み左折しました。なだらかな斜面に設けられた段差が低い階段を登りました。明治時代の地図を見ると針葉樹と広葉樹が混じった山の斜面でした。
井田3丁目
今は住宅が所狭しと並ぶ傾斜地です。路地を縫うように歩き、また階段に出会いました。今度は傾斜地らしい段差のある階段でした。
井田3丁目
気に入った階段に出会うと必ず振り返ります。そして、歩いた道程をもう一枚撮ります。曲がり角のある階段は不思議な魅力を持っています。

町の造形美です。
日吉3丁目
階段の先に続く細い路地に違和感が残りました。私の頭では「細い路地=歴史ある町、比較的古い町」と連想します。しかし、歴史が感じられません。

写真だけでも古さが出る様に加工しました。
井田3丁目 さくらが丘
昔、「平台」と呼ばれていた所に着きました。今は「さくらが丘」です。新日鉄先端技術研究所(旧八幡製鐵東京研究所)跡に造られた新興住宅地です。

「中原区市民健康の森」の出口(標高約12m)から「さくらが丘(約40m)」までの標高差は28mでした。
ida_danmen1.jpg
さくらが丘Issac日吉
総開発面積約:7万m2
計画戸数:346戸の建売住宅
分譲開始:2003年9月

整然した街並みに不自然さを感じました。余りにも人工的で計画的に映り、無機質にすら感じました。歴史が浅いためでしょう。

ネットで評判を調べると「駅まで遠い」、「スーパーが近くになく不便」、「永久に管理費がかかる」、「転売には不利な立地」など不満が目立ちました。

その中に「学校に20分かかって子供が気の毒」という投稿がありました。

子供はそんなに軟じゃないと思います。子供の頃にたくさん歩き、走れば基礎体力が養われむしろプラスです。ちなみにさくらが丘から通う子供はクラスで「リレー選手」に選ばれるケースが多いそうです。

当然、大人もです。長時間歩き、斜面で足腰を鍛錬することは体力維持、老化防止には最適です。また、多少不便な方が頭を使いボケ防止にも良いと考えられます。

ここは地歴を紐解けば井田山の頂上です。地図を見れば矢上川から一気に30数m登った所です。山の上に住んでいる訳だから当然です。

それよりも山の頂上という立地を選んだ認識の薄さに考えさせられます。やはり、自らの足で歩き、標高を知り、地歴を調べる事は大切です。

私は井田山がまだ山らしかった頃の風景にタイムトリップして歩きたいものです。

ほいじゃ
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