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矢上台の補足「日吉フィールドワーク(東京スリバチ学会)」⑬

前回のブログを書き終えた後に2点ほど気付いたことがありました。東京スリバチ学会の「日吉フィードワーク」で訪れた日吉神社がある矢上台についてです。

どうしても気になってしまい追記せざるを得ませんでした。
日吉4丁目 矢上台
一つ目は矢上台の前を通る古い道です。明治初期の地図にも、明治42年陸地測量部の地図にも載っています。一部で直線化された形跡はありますが昔の道筋が大方残っています。

なぜ、気になったかと言うと、

日吉神社の入口から数十メートル南東の道沿いに「地神塔」をはじめ他三塔が並んでいたからです。観音像らしき塔には文化12年(1815年)と彫り込まれていました。
地神塔 日吉3丁目
下は明治42年に作られた精度が高いと言われる陸地測量部の地図す。道は台地の脇を北西から南東方向へ抜け矢上川を超えて行きます。

北西には台地の先端を舐める様に湾曲する古い道が描かれています。今でもこの道の名残が残っています。付け加えると、元々湾曲していた矢上川は昭和初期までに直線化されました。
明治42年日吉3丁目
もう1点は明治42年の地図に矢上台の最高点が30.6mと表記されています。今は丘の上部が平になっています。地理院地図で頂上があった辺りをプロットしました。

25m台です。周囲を広範囲でプロットしましたが25m台の土地が広がっています。

1971年に「教育・研究実験棟本館・別館、一般教室棟・厚生施設棟」が完成しました。工学部の前身が矢上キャンパスに移転を終えたのは翌年1972年のことです。
矢上台(日吉)
「慶応技術大学工学部新校舎」と書かれた1972年のパンフレットを見ると丘の上はすでに平坦に整備されています。30.6mの頂上は土地改良でなくなったのでしょう。

今より5m高い頂上があった頃の想像してみました。

カシミール3Dで作った標高を3倍に強調した図と古地図を交互に見て行きます。すると何となく見えて来ました。現在がいかに不自然な形か分かってきます。

図の奥にあった高い所を削り、手前(丘の上)に盛土した様に見えて来ます。

試してください。

以上、追記でした。

つづく…ほいじゃ
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