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日吉台の丘を越えて【後編】「日吉フィールドワーク(東京スリバチ学会)」⑧

何度見ても豊かな地形です。横浜市港北区日吉本町3丁目と箕輪3丁目に跨る日吉台の鼻(岬)です。先端には日吉台の丘公園があり古くは「竹鼻」と呼ばれたことが古地図から分かります。

東京スリバチ学会の「日吉フィールドワーク」の一行は日吉本町側から丘の上の登りました。
日吉の丘 箕輪3丁目側
日吉台は多摩丘陵に先端部に位置する下末吉台地の一部です。12万年の下末吉海進の頃は海底にありました。6千年前の縄文海進では海岸線となり入り江が形成されたと考えられます。
日吉台の丘 箕輪3丁目側
尾根道はしっとりとした木々の茂る道でした。雨が閑静な風情(ふぜい)を助長していました。この辺りは「日吉緑地保全区」に指定されています。
日吉台の丘 箕輪3丁目側
竹鼻と呼ばれた地らしく竹林がありました。谷の最深部です。現代の地図には竹鼻という地名や名称は記載はありませんが、明治、大正時代の地図にはありました。
日吉台の丘 箕輪3丁目側
谷間を回り込む尾根道から一気に谷戸へ下ります。緑に囲まれた細い通路が谷に沿って湾曲しながら伸びています。竹柵、石の階段、谷間の水をガイドする蓋つき水路が印象的です。
日吉台の丘 箕輪3丁目側
両側には建物はなくただ林が続くだけの道です。なぜか心が落ち着きます。全て開発し尽くすのでなくこういった風景が保全され残されるだけで価値があります。
日吉台の丘 箕輪3丁目側
左右に湾曲する階段を下ると勾配が緩やかなになり谷際の細い道が続きます。蛇行の具合から何となく川跡にも見えます。道の脇に水を集める口が開いています。
日吉台の丘 箕輪3丁目側
下り終わるとクランク状の道を経て大聖院前の道になります。谷間は何利用されているのだろうか?果樹園の様です。明治の頃から箕輪辺りは果物の生産で横浜方面と強いつながりがありました。
日吉台の丘 箕輪3丁目側
一つ疑問がありました。カシ―ミール3Dの画像で出現した大聖院の裏手にある小規模なスリバチ地形です。なぜ、ここに行かなかったのだろうか?

大きな地図で見る
スリバチの中に何があるかGoogle Mapで確認すると墓地でした。この後は大聖院に立ち寄り住職さんからもこの地域のお話を聞きました。

果樹園のある谷戸には昔は小川が流れていたそうです。

谷があれば水の流れが必ずあります。

つづく…ほいじゃ
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