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金蔵寺と仏の化身?「日吉フィールドワーク(東京スリバチ学会)」④

街歩きをしていると不思議なことが度々あります。タイミング良く誰がすっと現れて、色々と教えてくれます。どこの誰だが分からず仕舞です。まさに一期一会の世界です。

後になって「仏の化身だったのでは?」と思う程です。
金蔵寺(横浜市)
東京スリバチ学会「日吉フィールドワーク」の一行は日吉の金蔵寺(こんぞうじ)に到着しました。住所は横浜市港北区日吉本町二丁目で、谷戸の崖下にある天台宗のお寺です。

本尊は智証大師作と伝わる大聖不動明王で、横浜七福神の一つに数えられる寿老人が祀られている寺院です。
金蔵寺 お地蔵さん
私はお地蔵さんに吸い寄せられる様に黙々と撮影していました。すると掃除道具を持った小父さんが話しかけて来ました。お地蔵様を撮っていると言うと珍しそうに見ていました。

それから親切に色々な事を教えてくれました。お地蔵さんが作ってくれた縁?
金蔵寺 隠れキリシタンの灯籠
まず、横にある隠れキリシタンの灯篭です。燈籠の下部には何やら人らしき姿が掘られています。後で調べると神奈川県内には隠れキリシタンにまつわる場所が数々あります。

東国の隠れキリシタンが江戸時代を通して存在し続けた証しです。
金蔵寺 山門へ
それから金蔵寺に「日吉」の由来が書かれた碑があることを聞きました。碑は金蔵寺の横を通り山門を抜けた斜面にあります。さらに上へ行くと奥ノ院がある事も教えてもらいました。

ところがフィールドワークの一行はすでに次の目的地に向かい出発していました。

「機会があれば行ってみます!」そう言って私も寺をあとにしました。この事を道中で皆川会長に話すと、帰りの道中で早速「次の機会」が訪れました。
金蔵寺 櫻大門
山門と碑の事は次に書くことにして、まずは金蔵寺について掘り下げます。櫻大門という参道がありました。「櫻大門」と掘られた文字の下に由緒らしき事が書かれていました。

後になって気付き写真を拡大しましたが読み取れません。

「貞享8年(1685年)」という文字の後に人名が並んでいます。金蔵寺の歴史と合わせ考えれば、その頃にできたとしても不思議ではありません。
金蔵寺 徳川家康、秀忠の梵鐘
金蔵寺の建立は平安時代の貞観年間(859~879年)です。天台宗第五代座主の智証大師が清和天皇の勅願を受けて造りました。江戸時代に幕府の庇護のもと寛永寺の末寺として栄えました。

また、德川家康、秀忠が寄進した梵鐘が残っています。通り過ぎた場所でしたが運良く写真には収めてありました。櫻大門が1685年頃に出来ても不思議はありません。

金蔵寺はフィールドワークの行きと帰りに立ち寄った場所です。

時間軸は前後していますが、内容的にはまとめた方が無難だと判断しました。次は金蔵寺の山門、日吉権現の碑、奥ノ院と明治以前の日吉史について書きます。

それにしても一期一会の出会いは大切です。「知る」きっかけを与えてもらいました。

つづく…ほいじゃ
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