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小千谷の地勢 『小千谷 信濃川支流の山里を歩く ~震災復興の軌跡を巡る~』②

ワイルドな地形です。地図ソフト「カシミール3D」で作った小千谷市の3D地形図は等倍でも見事な凹凸を描いています。平野部と山間部が交わる所の特徴を示しています。

NPO法人まちづくり学校主催の『ブラニイガタ 小千谷 信濃川支流の山里を歩く ~震災復興の軌跡を巡る~』で訪れました。
小千谷市
越後平野の南端であり、山間部の北端でもあります。上の地形図を見ると右下から信濃川、左下から魚野川が流れ込んでいます。信濃川は一旦小千谷市を出て魚沼市で魚野川と合流します。

再び小千谷市に信濃川として流れ込みます。蛇行の原因となっているのが「山本山」です。

大きな地図で見る
小千谷市は新潟県の中部に位置しています。中越地方です。中越と言えば中越地震で耳にした人が多いのではないかと思います。

2004年10月23日に直下型地震が起き甚大な被害があった地域です。
小千谷市
小千谷市は面白い形をしています。心理学のテストで「何に見えますか?」という質問に出て来そうです。私には手を前に出して歩くゆるキャラに見えます。

小千谷市の東側:東山丘陵
小千谷市の西側:西山丘陵(頚城丘陵へ続く)

水量の多い信濃川流域にあり両岸に河岸段丘が形成されています。2つ下の地形図を見ると段丘面がはっきり分かります。
小千谷 俯瞰図 広域
関越自動車道路や国道17号線(三国街道)で何度も通り過ぎ続けた場所でした。しかし、地理的には印象的な場所です。関東からトンネルを抜けると持続的に下り坂が続きます。

坂も落ち着いた頃に上の図で左下からクランク状に曲がりながら右側の小千谷市に入ります。
小千谷 俯瞰図
山本山を貫くトンネルを抜けると小千谷市の市街地です。小千谷ICはすぐです。ちなみに次のICは長岡です。関越自動車道路はここで終わります。

現在の小千谷市は長岡都市圏に属しています。長岡市のベットタウンにもなっています。歴史を紐解くと続日本書紀の時代には大部分が魚沼郡に属していた可能性があります。

当時の越中は頸城(くびき)、古志(こし)、魚沼(うおぬま)、蒲原(かんばら)という4郡に分かれていました。

山本山トンネル辺りの川口町には魚沼市とまたがり藪神荘と呼ばれる荘園がありました。江戸時代初期には魚沼郡が8組に分けられ小千谷組ができました。

1763年に会津藩の預かり地となりました。戊辰戦争の戦いのひとつである北越戦争が勃発する場所です。
小千谷市浦柄地区
ブラニイガタのタイトルにもあった「信濃川支流の山里を歩く」とは信濃川右岸の浦柄地区です。支流とは朝日川のことです。浦賀地区は谷間に長細く伸びた集落です。

南側の斜面には戊辰戦争(北越戦争)の戦場となった朝日山がそびています。

先程の郡の話しの続きですが、1879年(明治12年)に発足した当時の行政区画によると浦賀地区は古志郡に属してます。

谷を登って行くと山古志村があります。

信濃川対岸の小千谷市は魚沼郡だったのに対して、浦柄地区は古代から一線を画し古志郡だった可能性があります。

ちなみに浦柄地区がが小千谷市に編入されたのは昭和29年の事でした。

つづく…ほいじゃ
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