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新潟市民の取組み 日和山から『新潟の町 微 地形散歩DAY2』⑪

新潟に行き一番驚いたことは人々が自分の住む町、市、県を主体的に楽しんでいることでした。『新潟の町 微 地形散歩』路地連新潟、東京スリバチ学会、北書店のコラボで実現しました。

参加者には他の団体で活動される方々や志を持った個人の方が参加されており横のつながりにも関心しました。新潟の今後が楽しみです。
日和山(新潟市)
今回は1日目に撮った日和山の写真とともに書いて行きます。

日和山は明治以降に日和見の場として憩い場でした。明治13年の焼失した住吉社、櫓(やぐら)、茶屋が再現されようとしていました。
日和山(新潟市)
住吉社は2009年に再建されました。あとは櫓と茶屋です。眼下に見える五合目に日和山カフェの予定地があります。庭には櫓らしき木の塔がありました。
日和山(新潟市)
許可を得て上に登ってみました。今の造りだと登るのに一苦労です。その分、眺めは一入でした。一枚目の写真も櫓の上から撮ったものです。

水戸教(水先案内)の発祥の地としては櫓は切り離せないものでしょう。
日和山(新潟市)
日和山住吉社の夕暮れは何とも言えぬ情緒があります。砂丘方面が開けた眺望が見事です。江戸時代中期の海岸線が付近にあった光景を想像しました。波の音も聞こえたのでしょう。

水戸教の人たちがどの様に船を湊に誘導したか興味が湧いてきました。再現をすると面白いかもしれません。
日和山(新潟市)
日和山頂上は狭くもなく広くもありません。祭りの時にプチ縁日があったら盛り上がるでしょうね。金魚すくい、ヨーヨーすくい、綿あめ、…子供たちの思い出になるかもしれません。

近所迷惑も気になりますがビアガーデンがあるといいですね。
日和山墓地(新潟市)
日和山付近は野良猫が多い場所でした。このまま増えていけば尾道の様な名所になるのかもしれません。これもまた近所迷惑なのかもしれません。

『新潟下町あるき 日和山 登山のしおり』には昔の絵や写真が載っています。

長谷川雪旦(1778-1848)の『北国一覧写 出羽越後』に描かれた日和山の姿が印象的です。当時は水先案内のために使われていたため頂上には松の木と柵がある程度だった様です。

市民の憩いの場となったのは明治元年に水戸教が移転になってからです。焼失前は頂上に立派な櫓があったことが当時の写真から伺えます。今なら建築基準法にひっかかりそうな建物です。

しおりを持っている方はもう一度、持っていない方は入手て見ていただくと時の流れと風景の移り変わりが感じられます。

2日目の下町歩きで掘の街を再現しようとしている人々もいます。これだけ市民に愛され、行政と一緒に取組みができている町ならば、今後は今以上に魅力的な町に変わっていくでしょう。

他の地域の手本になる新潟の姿を『新潟の町 微 地形散歩』で見付けました。

すでに新潟の取組は凄いよ!と色々な場所で話しています。

ほいじゃ
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