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日和山から日和山へ(1日目のゴール) 『新潟の町 微 地形散歩』⑳

日本海の絶景ともお別れです。日和山展望台を満喫した『新潟の町 微 地形散歩』の参加者は新日和山から日和山へ向かいました。1日目のゴールはもうすぐです。
新日和山(新潟市)
2つの日和山があります。一つは海寄り砂丘の尾根道にある標高16m台の新日和山、もう一つは砂丘を下った先にある標高11m台の日和山です。坂を下ろう!
日和山へ(新潟市)
スケボーでは急過ぎる坂です。少年が乗っているのはランドサーフの様です。余談ですがスケボーは4輪の上に板1枚ですが、ランドサーフは2輪と板2枚で構成され前後が捻じれる仕組みになっています。
日和山と新日和山の坂(新潟市)
地理院地図GISマップで見れるレーザー測量値によると坂上は16.0m、坂下は3.5mです。距離にして94mです。1000mで170m勾配(170パミール)がある急坂です。
日和山と新日和山の坂(新潟市)
ちなみに日本一の箱根登山鉄道の最急箇所は80パミールです。この坂は山道並みの勾配です。下の写真は浜寄り砂丘の日和山展望台から見たこれから向かう眼下に盛り上がった日和山です。
日和山と新日和山の坂(新潟市)
一旦、坂を下りると道はほぼ平坦になります。185mほど先が日和山の裏参道です。実際は途中からジワジワと登り坂下から日和山の裏参道まで1.7mほど高度を上げます。
日和山から新日和山(新潟市中央区)
数字の細かさは地理院地図GISマップのレーザー測量によるものです。日和山の頂上は11.6m、頂上は裏参道から直線距離にして約15mです。773パミールです。山腹は崖になっています。
日和山(新潟市)
日和山の頂上には住吉神社があります。江戸中期、海岸線が山の近くにあった頃は水先案内と海難救助を行う水戸教の拠点となっていました。水戸教を司った伊藤家が信仰していたのが住吉神社です。
日和山(新潟市)
信濃川の河口が北に移動したため日和山は海岸線から遠くなってしまいました。水戸教の拠点はより北に出来た雲雀町へ移転されました。…日和山の詳しい話は2日目の最後でまた出るのここまで。
日和山から新日和山(新潟市中央区)
最後にカシミール3Dに5mメッシュ標高を入れ日和山から新日和山を臨む光景を作りました。標高は3倍に強調してあります。急坂を下り平坦、そして微量ながら登り日和山に着きます。

日和山道側の急斜面が不自然です。

路地連新潟が作る「新潟下町めあるき 日和山 登山のしおり」にあった江戸時代の絵(長谷川雪旦『北国一覧写 出羽越後』)や大正時代の写真と比べると道側の斜面が削られている様です。

もしそうならば日和山の横道が高くなっている事の説明ができます。

ここまで路地連新潟、東京スリバチ学会が主催した『新潟の町 微 地形散歩』の1日目に歩いた経路を書いて来ました。たった3時間程度の街歩きが20回分にもなるとは!驚きです。

逆に言えばそれだけ深みがあったということでしょう。

街並み、地形、遺構には私たちが祖先から引き継いできた歴史が刻み込まれています。時間軸と言う要素を意識することで今あるものの裏側が見えてきます。

また、人は一人では生きて行けないと言います。

それは現代に生きる人同士のつながりだけでなく、過去に生きた人たちとのつながりがあって私達がここにいます。

現代の人のつながりが今回の企画が生み、過去に生きた人たちが築いた町や文化、自然の営み、ひっくるめて歴史が街歩きを楽しくしてくれました。

「空」、「時」、「人」、「美」、それらを司る自然の「法(則)」を見て来たのだと後になって気付きました。

ほいじゃ…2日目へ
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