スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日和山墓地と湊小グラウンド 『新潟の町 微 地形散歩』⑱

墓の中も『新潟の町 微 地形散歩』のコース?驚きました。でも、良く考えると私も街歩きをしていると墓の中に入ります。東京の日暮里から上野まで抜けられる谷中霊園は通り道です。

ここは新潟市中央区にある日和山墓地です。
日和山墓地 新潟市 荻野式
見所は「荻野式」で有名な荻野久作博士の墓です。避妊法として知らる荻野式ですが、博士は妊娠法として研究をしていました。国際学会があると外国人医師が訪れる場所なのだそうです。

それくらい国際的に知名度のある荻野博士の自宅があった新潟市内の道は「オギノ通り」となっています。
日和山墓地 新潟市
墓地の正式名は薬王寺日和山墓地です。明治、大正の古地図には共同墓地と書かれています。墓に素敵というのも何なんですが、写真を撮り見付けた素敵な点は3つの表情があることです。

一つ目は古い石が土の上に並んだ古風なエリア、次は新しい石が芝生の上に並んだエリアです。
日和山墓地 新潟市
三つ目は外国人墓地エリアです。大正8年(1919年)には寄居の一番山にあった外国人墓地が日和山共同墓地に移されました。

全体として石の大きさや方向がランダムで現代の墓地とは一線を画しています。歴史を感じます。
新潟市 日和山墓地と湊小グラウンド(大正13年)
日和山墓地の古地図を見ていて気になった点があります。隣が遊郭だという事です。刑務所と老舗料亭が向かい合う地獄極楽通りを思い出しました。大胆な町割りなのでしょう。

両極端な物が道を境に体面する―新潟市中央区の古い区画の特徴なのかもしれません。
日和山墓地 新潟市
日和山墓地を過ぎると勾配がきつくなって行きます。広いグラウンドに出ました。地元の方からこの下には貯水槽があると聞きました。検索キーワードは?

このグラウンドの名前を調べるのにひと手間かかりました。
新潟市 湊小グラウンド
ネット公開されている一般的な地図には記載されていません。結局のところ「都市再生街区基本調査成果」で「湊小グラウンド」という名前だという事が分かりました。

それを手掛かりに検索すると新潟市のホームページがヒットしました。
新潟市 日和山墓地と湊小グラウンド(現代)
地面の下には100立方メートルある飲料水兼用耐震性貯水槽が埋められています。歴史的、地理的な観点から考えれば高台は水の確保が難しく住居には向きません。

貯水槽という技術が丘の上の生活を成り立たせています。
新潟市 日和山墓地と湊小グラウンド
このグラウンドを過ぎると勾配は一気にきつくなります。明治34年から大正13年の三枚の古地図には何も描かれていない海寄り砂丘の斜面です。今は家が立ち並ぶ住宅街です。

標高で表現すると日和山墓地が3~4m程度、湊小グラウンドが7m台です。
新潟市 日和山墓地と湊小グラウンド(明治45年)
標高16m台後半の新日和山の尾根道までは直線距離して約120mです。8m登るとすると26.6パミール、幹線鉄道の勾配の場合、25パミール程度が限界とされています。

立派な坂道です。勾配が目の前を遮ります。
日和山墓地から新日和山へ(新潟市)
階段の向こうは日本海です!視線を遮るものは何もありません。

つづく…ほいじゃ
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : くるま旅
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Crazybowler

Author:Crazybowler

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
最新記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。