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階段路地のミステリー 『新潟の町 微 地形散歩』⑯

今迄に見た事のない路地に出会いました。公道から住宅へ上がる階段ですが30mほどの路地が続き、また階段があり公道へと下ります。

法律上に道路に面していない所には建築物は建てられないので道と認識して良いのでしょう。
新潟市 田中町の珍しい路地
この道はGoogle Mapには掲載されています。国土地理院の電子国土にはない道です。平成16年度から18年までに行なわれた都市再生街区基本調査ではこの「階段路地」も道幅に含まれている様に見えます。

大きな地図で見る
私道なのでしょうか?家は道路面より2m以上高いところにあります。塀の色を見ると古さを感じさせます。道路の対面には1929年に新潟曹洞教会所としてスタートした大仙寺があります。

当時、この寺は新潟刑務所の裏に位置していました。現在では刑務所が移転され西大畑公園の裏となります。
新潟市 田中町の珍しい路地
この不思議な「階段路地」は町寄り砂丘の上に位置しています。国土電子によると道の反対側にある大仙寺の標高は6.9m、階段路地がある建物の裏手にある駐車場は5.2mあります。

建物の辺りは標高5,6mあり道だけが窪んでいます。
田中町(新潟市)
明治45年の地図を見るとこの道は田中町の中心を貫く道が描かれています。道が終わるところは町寄り砂丘の手前です。当時は町寄り砂丘に家が建てられていなかった様に見えます。

ただ、地図がアバウト過ぎて確証には至りません。
新潟市 田中町 明治45年
大正13年の地図では刑務所が拡張された様に見えます。しかし、この道は明治時代と変わらず途絶えたままです。残念ながら昭和の地図を手に入れる前にタイムオーバーです。

土地の歴史は分からず仕舞です。明治34、45年、大正13年の地図を順番に見て行っても脈絡が途絶えて仕舞います。描かれてないのか何もなかったのかハッキリしません。
新潟市 田中町と古町通の路地
このミステリにはいつか挑むとしても一つの仮説が成り立ちます。「建物がはじめにあり、道が後で整備された」というものです。まず、盛り土したという考えは不自然です。

町寄り砂丘の自然な地形上に建物を作り、その後に正式に道が整備されたと考えるのが妥当でしょう。
新潟市 田中町と古町通の路地
この道は都市整備の際に昔からあった浜寄り砂丘と町寄り砂丘の間の道と接続されたと考えれます。その際に勾配が少なる様に切り通したと推測できます。

しかし、切り通すなど面倒な工事をせずに坂のままでも良かったのでは?

階段路地がある程の高低差をわざわざ切り通して作ったと考えるのは合理的ではありません。次の仮説が生れます。元々、砂丘の低いところに道を通した、又は低い所が道だったと考えるのが妥当です。

これなら工事する手間は少なくなります。

まだ、気になる事があります。現代の建築基準法では道幅4m以下の道でも救済処置として特定行政庁が道路として指定した場合に建築、改築が認めれます。

但し、道路の中心から2m下がった所までを道とします。

これは将来的に4mの道に拡張するためです。もしかしたら、建替えの際に道幅を4m分確保できる様に階段路地が作られたものかもしれません。

推測だけが飛び来い結局は分からない事だらけです。

しかし、不思議な「階段路地」は街歩き人としてミステリーです。制度と歴史を深く調べ、古地図と聞き込みさえできれば解決できるはずです。

今はこのミステリーを背に前へ進まなければなりません。(『新潟の町 微 地形散歩』のブログが書き終わらない故…)

つづく…ほいじゃ
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