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無名?超極細、急勾配階段 『新潟の町 微 地形散歩』⑥

人生をより良く生きるために大切な事を追求しています。今の時点で辿り着いた仮説は次の7点です。街歩きのフィールドワークに参加する様になり新しい出会いが増えました。

・最終ビジョンを持つ(死ぬ時にどうなっていたいか)
・5S~整理・整頓・清掃・清潔・しつけ(対象:人・物・金・情報+心)
・実際に五感で経験する(活き学問)
・疑問に思った事を自ら調べる、日々学び続ける
・見える化(コミュニケーション)
・再発防止対策(事象、原因追究、暫定処置、恒久対策)
・新しい出会い(新しい風を呼び込む)

有難い事です。それに伴い新しい風が私に吹き込んでいます。自分ひとりでは絶対にできない多くの体験をしています。
福一稲荷神社へ(新潟市)
「こんな所を通っていいの?」…普段の私ならな入って行かない場所です。砂丘の際(きわ)の気になる階段なのですが私有地だったらどうしようと考えてしまいます。

フィールドワークの主催者が「路地連新潟」だけあって「え!」と思える道に入って行きます。
福一稲荷神社の鳥居(新潟市)
遠慮するとは言いつつもこういう所は大好きです。ドキドキしながらもどこへ続くのかワクワクします。超極細、急勾配の階段を下って行くと鳥居が見えました!

神社の裏参道の様です。福一稲荷神社の横っ腹に出ました。
福一稲荷神社
さらに進むと別の神社が見えて来ました。諏訪神社です。どちらも小ぢんまりとした神社でネットで検索してもすんなり由緒が分かりません。

こういう近所の人しか知らない様な場所が妙に魅力的です。ただ、それ以上の雰囲気を感じます。
諏訪神社(新潟市)
昔、この辺りはどんな所だったのだろう?疑問に思い古地図や手元の文献で調べてみました。結論から言うと明確な答えに辿り着きませんでした。

しかし、ここが古い砂丘の際(きわ)という事を考えると次の仮説が浮かびます。
・古新潟町の際?
・水辺、その後できた潟(かた)の際?
・時代が経ち砂の空き地と砂丘の際?
・古い寄居村の際?
諏訪神社
後になって分かったのですが村社・諏訪神社は創建年が不明ですが江戸時代初期にはすでに鎮座していました。寄居村の鎮守だったそうです。

福一稲荷神社は明治41年(1908年)に諏訪神社に合祀されたそうです。

推理の一部と直観は正解だった様です。街歩きをしていて古い神社や寺は土地の記憶を刻むのランドマークです。ここを基点に調べると色々と分かって来ます。

素人推理はこの辺りにしておきます。

冒頭の新しい出会いが新たな風を運び込む話ですが、仏教の考え方で説明できます。「因果」と「縁」という3つの要素で考えてみます。

因:新しい入口に飛び込めば今迄にない結果が期待できます。
縁:新しいアプローチにより心の働きも変わり、おのずと結果に影響します。
果:今迄にない結果から新しい風が入り込み道が開けます。

人は人とのつながりの中で新たな境地へと進むことができるのかもしれません。自分自身の中で生成されない選択肢を目の前にすることで自分自身の可能性も広がるのでしょう。

超極細で急勾配な階段坂は私の人生に刺激をくれました。

この階段は名前はあるのかな?

つづく…ほいじゃ
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