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さようなら 64年の歴史 秋葉原ラジオセンター(東京都)

昭和という時代は少しずつ遠くなって行きます。街が姿を変えて行くのは定めなのでしょうか。秋葉原のラジオセンターが2013年11月30日をもって64年の歴史に幕を閉じます。

秋葉原が電気街として成長した歴史の一端を担った建造物です。
秋葉原ラジオセンター 思い出の昭和横丁
今はアニメやフィギュアの店が増殖する秋葉原ですが、つい10年前はコンピューター街でした。その前は家電街、もっと前はラジオの街でした。

迷路のような細い通路に小さな電器部品屋が連なるラジオセンターはディープな秋葉原の象徴でした。

大きな地図で見る
総武線の高架下にラジオセンターができたのは1949年のことでした。当時は戦後の混乱の中で焼野原だった秋葉原に露天が乱立していました。

GHQの占領政策により露店撤廃令が出され、山本長蔵という人物がラジオ関連の露天商の行き先として秋葉原駅周辺に建物を作りました。

当時の名残で今でも電気部品や無線機器を扱う店が軒を締めています。
秋葉原ラジオセンター 思い出の昭和横丁
64年という時の流れは人に例えるならば定年退職の時期とも言えます。この「思い出の昭和横丁」には昭和のラジオなど扱う店があり懐かしい気持ちにさせてくれます。

1949年 秋葉原ラジオセンター開店
1955年 火災により全焼
2005年 山本無線3号店が全焼し、両脇の店舗は半焼する

私もかつて利用した事があります。海外で電子機器が正常に使える様にトランスなどを買いました。
秋葉原ラジオセンター 思い出の昭和横丁
天井にむき出しの配管がレトロ感を掻き立てます。正直なところ「あ~あ、またひとつ消えるのか」という気持ちです。近年、秋葉原駅周辺で進んでいる再開発の流れです。

すでに残念に思う人々は多く存在しているのではないでしょうか。
秋葉原ラジオセンター 思い出の昭和横丁
時は移ろい人も街も変わって行きます。発展に関して否定的ではありませんが、私の中で何か変わって欲しくないという願望も同時に存在しています。

人が辿った歴史は貴重です。歴史をここに刻んで置きたいと思います。

外見が変わっても人の中に変わらない何かがあることも感じたい。

ほいじゃ
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