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海岸線近くなると坂がある街! 『新潟の町 微 地形散歩』②

思い込みが覆された気持ちです。山があって段々と低くなり海になるという固定概念が壊れました。新潟市の地形はそうではありません。

信濃川と阿賀野川が運ぶ砂によって作られた土地です。

海に行くほど積み上げられた砂の山は高くなっています。海に向かうと坂がある地形です。
『新潟の町 微 地形散歩』DAY1
路地連新潟、北書店、東京スリバチ学会がコラボして『新潟の町 微 地形散歩』が2013年9月28日と29日で開催されました。異色のコラボです。

1日目は医学町の北書店から新日和山までの道程を砂丘の際(きわ)に沿って歩きました。
『新潟の町 微 地形散歩』DAY1
北書店をスタートしてすぐに坂です。標高は坂下で約1m、坂上で12mです。名前は?調べても分からないので医学坂と呼びます。新潟大学医学部の横の坂です。

標高と色分け
緑系:3~12m
赤系:15~27m
新潟市 医学坂?
古新潟町があった台地だと言われています。砂だって何百年も形を変化せずにそこにあれば台地と呼んでもいいでしょう。しかも地震に強いとあれば。

砂漠の古い砂丘はあまり形が変わらずに目印になると言います。
新潟大学医学部工事中
坂を登る途中で左側に工事フェンスが続くことが気になりました・手を伸ばし撮影!新潟大学医歯学総合病院の敷地で何やら工事をしている様です。

せっかくの勾配が削られるな…。え!?これは盗撮?街の記憶としての撮影なのでご勘弁を!
新津記念館
右側には異色の空間が現れました。和洋折衷という言葉の度を超えた組合せです。チャンポンです。新津記念館と言います。入りませんでしたが調べました。

新潟県出身の石油王・ 新津恒吉が1938年(昭和13年)に迎賓館として西洋館を建てました。

迎賓館
1階:「イギリスの間」
2階:「フランスの間」と「日本間」
3階:「ドイツの間(非公開)」
和館(非公開):庭園は公開

2年後に石油問題から太平洋戦争が勃発したきな臭い頃です。今よりも外国が意識された国際的な時代だったのかもしれません。
ヒポクラテスの木 新潟大学医学部
一行は新潟大学医歯学総合病院の中へと進みました。街歩きで病院の敷地に入るのは初めてです。「ヒポクラテスの木」の前で止まり高く育った木を見上げました。

案内役を務めてくださった路地連新潟の野内さんの説明を聞きました。
ヒポクラテスの木 新潟大学医学部
昭和44年に蒲原宏博士はコス島でヒポクラテスの木の球状果を入手しました。検疫を避けるため下着の中に入れて持ち帰ったそうです。

まさに聖なる木…。

それにしてもヒポクラテスって誰?後でもう一度調べてみました。

ヒポクラテス(BC460年頃~BC377年頃)
肩書:古代ギリシアの医者
出身:エーゲ海、イオニア地方南端のコス島
歴史的業績:『ヒポクラテス集典』
名言:人生は短く、術のみちは長い

世界中で広く「医学の父」と呼ばれる人物です。出身地のコス島にはヒポクラテスが医学を講じた場所として伝えられる木が残っています。

ヒポクラテスの木の種類はスズカケノキ(和名)、プラタナス(学名)です。

各国の医学部に植えられているそうです。正式に植樹されたものもあるのですが、「蒲原株」に関してはこっそり持ってきた様です。

調べると他に篠田株(日本初)、緒方株、日赤株(小林株)、日本・ギリシャ協会株、武田株、大田総合病院株、冨樫株があり全国で230本ほど植えらている様です。

一行はまた歩き出しました。

別の場所でも工事が行われいたため、コースを諦め引き返す事になりました。街歩きらしいアクシデントです。街は諸行無常です!

さらに次の目的地へ。

つづく…ほいじゃ
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