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峠と谷を超えて 浜松町から東京タワーへ微登山③

ここが墓跡とは。東京タワーが美しく見えるスポットの一つ。増上寺の南側にある小高い丘の上に徳川秀忠公の霊廟「台徳院殿」がありました。
増上寺 南廟跡
德川将軍家霊廟跡地の活用
1945年 空襲で焼失跡
1953年 学術調査
1959年 芝ゴルフ練習場が開業(南廟)
1964年 東京プリンスホテルが開業(北廟)
2001年 芝ゴルフ練習場が閉鎖
2005年 ザ・プリンスパークタワー東京が開業

地図で「2」と書かれた南廟があった辺りは戦後、芝ゴルフ練習場できました。今は円形の遊歩道と芝生がある空間とザ・プリンスタワー東京になっています。
増上寺、東京タワー
「1」増上寺御霊屋(德川将軍家霊廟)を満喫した後に小高い所にある墓地を抜けて行きました。この辺りは標高にして14m半ほどです。増上寺大殿から一気に7mほど上がります。

浜松町から東京タワーへ向かう道のりで出会う峠と言える場所です。
増上寺裏の池
 「2」ゴルフ練習場跡(標高8m程)から「3」弁天池(標高5m程)へ向かう道は下りです。弁天池は江戸時代に蓮池と呼ばれていました。もっと広い池でした。

弁天島が中央にあり弁財天が鎮座していました。弁天池の由来なのでしょう。
増上寺付近
江戸時代にあった蓮池の水がどこから来てどこへ流れたかが疑問です。エビデンスは見付かりませんでしたが淀橋台の端に位置していることがから湧水だったと推測されます。

流れていた先は江戸の古地図に残っていました。

芝公園の南側、現在の318号線の北側を掘の様に増上寺を巡り半周した所で東の方面に直角に曲がっていました。ただ、古地図では水の流れは途中で消えてしまいます…。

水は最終的に海に辿り着くはずです。ミステリー…。
東京タワー前の坂
「4」標高7mのほどの東京タワーを坂上に臨む地点です。東京タワーがある所が標高22m、距離にして200mほどなので急勾配です。
                    →  
        →       ↑東京タワー下(約22m)
      墓地(約14m)↓  
   →           →
→  増上寺大殿(約7m) 弁天池(約5m)
浜松町駅(0.4m)

東京タワーと増上寺の間にある谷間です。

増上寺から東京タワー辺りまでを調べていて疑問が残りました。増上寺の南側を流れる古川(新堀川)と弁天池(旧蓮池)の水と合流は歴史上なかったのか?

残っている地図は江徳川幕府が土地や川に手を入れた後のものです。

東京タワーと増上寺の間の都道301号線は谷間の様になっていて緩やかに下っています。東京タワーのある高台は淀橋台の端という事を考えると湧水が流れ出していても不思議はありません。

このミステリーはいつ解けるのか…。

微登山は東京タワーを目指し一気に15m登ります。実は舗装されていない別ルートがあります!

つづく…ほいじゃ
<追記 2013/10/5>
萬延二酉歳改定の地図(1860年)によると蓮池の水は新堀川(古川)へ落す水路が作られていました。
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