スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

1935階段、1912階段 マーチエキュート神田万世橋②

日本の建築は欧州に比べスクラップ・アンド・ビルトのイメージが強くあります。大火、大地震、空襲で破壊された歴史もその一旦を担っています。

特に東京はその傾向が強く江戸時代から何度もの壊滅的な破壊を経験しています。だからこそ、古い建物が残っていると嬉しく感じます。

現役として利用されているとなると感動ものです。
マーチエキュート神田万世橋 1935階段
1925年に建てられた旧万世橋駅がマーチエキュート神田万世橋として2013年9月14日に生まれ変わりました。基本的な情報は数日前のブログで書きました。

懐かしい建物へ マーチエキュート神田万世橋 秋葉原・御茶ノ水周辺①

「1935階段」…文字通り1935年に作られた階段です。プラットフォームへの通路です。
マーチエキュート神田万世橋 1935階段
1935年…1929年の世界恐慌、1931年の満州事変、1936年の二・二六事件など暗いイメージが多い時代です。しかし、日本の経済は戦前で最も良い時代でもありました。
マーチエキュート神田万世橋 1912階段
「1912階段」…1912年は明治が終わり大正が始まった年です。万世橋駅ができた年でもあります。1923年の関東大震災で万世橋駅は焼失しました。

しかし、残存した基礎を活用して再建されたため「1912階段」は1925年に再建された新駅舎に残りました。
マーチエキュート神田万世橋 1912階段
関東大震災の火災から復活し東京大空襲から免れた万世橋駅開業時の階段です。古びた表面が愛おしくもあります。100年の重みです。

それにしても日本の近100年の歴史は感慨深いものです。
マーチエキュート神田万世橋
欧米列強に追いつくために必死に経済、軍事で力を付けた日本、日清日露の勝利、関東大震災、昭和恐慌、終着駅は太平洋戦争の敗北と国土、経済の荒廃でした。

そこから立ち上がり世界2位の経済大国までのし上がる日本もありました。日本製品とマネーが世界を席巻したかと思えば、バブル弾け経済が低迷し20年の苦しみを味わいました。

東京の街は1964年の東京オリンピックに伴う開発で大幅に改造されました。スクラップ・アンド・ビルトが人為的に行われるきっかけとなった時代です。

そんな中で旧万世橋駅が残りました。中央線の線路が上を通っていた事と交通博物館があった事が幸いしたのかもしれません。

駅跡は次の100年も残っているのでしょうか?

ほいじゃ
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 日帰りお出かけ
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Crazybowler

Author:Crazybowler

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
最新記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。