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国境の集落、川は細し 境川 マイナー古道・上野原ウォーク(山梨)④

国境の川沿いと古い道を歩きました。古来から国と国を分ける時に川を用いる事があります。甲斐国と相模国は境川が隔てています。現在でも山梨県と神奈川県の県境です。

川の両側には別々の道が存在しています。

神奈川県側は県道522号線として整備され山梨県の522号へつながります。山梨県側の道は細く蛇行した道が続きます。昔から続く集落の生活道路となっています。
上野原ウォーク
前回のブログから話は続きます。
圯橋供養塔(上野原市)
(⑤)真っ直ぐ行けば甲州街道はすぐでした。しかし、左折をして境川沿いの道を目指す事になりました。角を十数m行った所に「圯橋供養塔」があります。最初の文字は「圯」に見えます。

圯=brigde、bank(堤、堤防)
圯橋=①土橋、②李白の詩に現れる下邳(カヒ、現在の江蘇省)の土橋、③小林一茶の雅号(がごう)の一つ

この辺りにあった橋に関する供養塔?それとも小林一茶の供養塔?(上野原と関係性は見付からない)
大越路 分岐(上野原市)
(⑥)八重山へ向かう道、大越路という峠道、上野原工業団地へ続く道が分かれます。従兄弟によると大越路はかなり険しいとの事で疲労も考え上野原工業団地の道を抜けました。

甲斐国と呼ばれていた頃は上野原から境川上流までの道は大越路を利用していたと推測されます。
境川(山梨県、神奈川県)沿いの道
⑦上野原工業団地を抜けて山沿いの蛇行した坂道を進みます。山梨県側の道のは境川の源流付近に到達するまでに奈須部と先祖という地区を通ります。
境川(山梨県、神奈川県)の橋
甲斐国と相模国の国境線を引いていた境川も上流部に近づき細くなります。小さな橋を見付けました。3歩で渡れる橋です。二国を隔てる川がこれだけの距離に!
境川(山梨県、神奈川)上流部 庚申塔
(⑧)山梨県側の道が辻(十字路)になっています。庚申搭がありました。「圯橋供養塔」と同じ工法で保護されています。山梨県側には細い道が神奈川県側に太目の道があります。
境川 神奈川県側 石楯尾神社
(⑨)境川の神奈川県側の道に合流しました。石楯尾神社が見えます。創建が紀元前と言われる古い神社です。この辺りには倭建命伝説が残っています。
県境の切通坂(上野原市、相模市)
(⑩)最大の峠に挑みます。切通坂が作られるまでは険しい山で地域を分断していた所です。境川は右手を流れています。つまり、神奈川県から山梨県側に入ったことを意味しています。

地図上の境川の最高地点は461mです。

「圯橋供養塔」があった辺りは279mです。直線距離で3㎞ほどで180mの高低差があります。

この峠を過ぎると道は緩やかに下り出発地点の井戸へと続きます。上野原ウォークは全長12㎞ほど、かかった時間は2時間11分でした。

山深い場所では谷に道が作られます。川沿いに人の生活は営まれ、時に国を隔てる線となります。川筋を歩き、過去の災害、川の役割を知ると人、国と自然の歴史が浮彫になります。

閑散とした場所ですが、国境の集落です。重要な場所でなかったはずはありません。

つづく…ほいじゃ
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