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川と人の営み 黒田川・鶴川 マイナー古道・上野原ウォーク(山梨)③

「人の営みは川筋に起きる!」―そんな場所を歩いて体感したいと思っていました。前回まで軍刀利神社の旧参道と一ノ鳥居跡を探索しました。

その後は上野原をざっくりと1周回ることにしました。全長約12㎞の行程です。
上野原ウォーク
現在は県道522号で地図上方部の道はきれいにつながっています。しかし、一昔前には高い峠に遮られ分断されていました。特に⑩番の峠は険しく、現代は切通坂を作りつなげています。

地図上の①~②の谷間:黒田川沿い(黒田川⇒鶴川)
地図上の③~⑤の河岸段丘:鶴川沿い(鶴川⇒桂川)
地図上の⑦~⑩の道:境川沿い(境川⇒桂川)
※境川=甲斐国(山梨県)と相模国(神奈川県)の国境(県境)

⇒桂川⇒相模湖⇒津久井湖⇒相模川⇒馬入川(相模川の下流の名称)⇒相模湾(太平洋)

桂川は相模湖にそそぎ津久井湖を経て相模川になります。下流では馬入川と名を変えて相模湾から太平洋へと流れます。

黒田川の上流からスタートして、軍刀利神社の旧参道沿いを通り軍刀利神社一ノ鳥居跡(①)を経て黒田川に沿って歩きました。谷は段々と深くなります。

鶴川との合流地点付近では流れが分からないほどの深い谷になっていました。(②)
黒田川 鶴川と合流する手前(山梨県上野原市)
かなり昔に鉄砲水で村が流れされたという地元に伝わる話があります。古来から大雨の時に谷をえぐる程の水量があったことが分かります。

鶴川と黒田川が合流してから下流に向かって歩きました。

鶴川は徐々に崖に通した細い道から離れて行きます。途中には「能岳八重山」という看板があります。最近、整備されたハイキング登山道です。
名もなき鶴川支流の橋横の祠
少し行くと地図上に名前のない沢があり、鉄橋が架かっていました。橋の手前にある小さな祠が印象的です。そこからは次第に平らな土地が増え人家が目に付きます。

鶴川の河岸段丘になっている事が分かります。
向風(山梨県上野原市)
「向風」?「むかぜ」と読みます。富士急行のバス停にはきちんとルビがふられています。(③)鶴川の谷間を通る風が吹きおろし、もろに当る場所なのでしょうか?

ちなみにこの辺りは北都留郡でした。鶴川と漢字違いですが発音は同じです。何か関係性がありそうです。
向風(山梨県上野原市)
また少し行くと別の沢が現れました。先ほどの名もなき沢とは違い物騒な文字が目立ちます。「土石流危険渓流 相模川水系 山風呂沢」(④)と書かれています。

先ほど、ハイキングロードの入口に書かれていた「能岳」の沢です。
山風呂(山梨県上野原市)
山の天気といいますが、風雨は怖いものです。山に囲まれた場所は少し強い雨でも周りの山々から水が一気に流れ込み一気に増水します。

集中豪雨や雨が続けば土石流の危険と背中合わせです。
西原付近(山梨県上野原市)
そんな自然から少しずつ離れ街並みが続く様になります。上野原市の中心に向かっています。昭和の看板がそのまま残された一角に出ました。

「これはある意味、貴重だ!」
西原付近(山梨県上野原市)
このまま、真っ直ぐ行けば甲州街道に出ます。上野原は上野原宿が置かれた甲州街道の宿場町です。ここまで黒田川の谷間と鶴川の河岸段丘を歩いて来ました。

鶴川沿いは縄文遺跡が多く発見される場所です。

その割に弥生時代の遺跡は少ないそうです。律令制の時代には都留郡となりこの辺り一体は古郡(ふるごおり)と呼ばれていた様です。

ちなみに鶴川を源流付近まで辿ると北西には東京都の奥多摩湖があります。

もちろん、その辺りまで幾つもの集落が今でも続きます。深い山の奥までも川と人の営みは続きます。

つづく…ほいじゃ
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