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歴史の町!佐原 「道の駅、川の駅 水の郷さわら」 番外編 東国三社巡り⑪

江戸時代に「江戸優(まさ)り」と言われた佐原(千葉県北部)です。船運の拠点、生産の拠点として江戸に多くの物資を送り込み江戸以上に栄えたと言わしめた場所です。

「道の駅、川の駅 水の郷さわら」を訪れました。
道の駅、川の駅 水の郷さわら
地上の道と水の道が接する魅力的な場所です。広々とした利根川河口域にゆったりとした空間が特徴の道の駅・川の駅です。心癒される感があります。

昔から川と人は一体でした。真水なくして生活は成り立ちません。

物流が発達してない頃は大量輸送の手段として水運が主流でした。その反面、洪水という自然災害の温床でもあります。昭和の高度成長期に川は生活から遠ざけられ、汚れて行きました。
道の駅、川の駅 水の郷さわら
近年では国土交通省を主体に川の清掃、活用が行われています。災害対策を施しつつも川を魅力的な場所へ変化させています。

実際に東京都内でも日本橋川、神田川でもクルーズが行われています。

大きな地図で見る
水郷の郷さわらは2010年3月にオープンしました。道の駅、川の駅、親水・湿地利用ゾーンに分かれています。ここでは船に乗ったり、ボートやカヌーを持ち込み楽しむことができます。

観光船コースは15分程度で大人1000円、子供500円です。船に乗る機会が少ない人にとっては非日常体験になるでしょう。
道の駅、川の駅 水の郷さわら
仕事柄、直売所をチェックしました。土曜日の昼頃に訪れましたが、客数が多く、在庫補充も小まめにされている感じを受けいました。

私が見た農産物直売所の売り場の中で最も広い部類に入ります。
道の駅、川の駅 水の郷さわら
直売所の奥にはフードコートがあります。想像以上にお客様がいました。小旅行客、地元のプチ外食に使われるている様相でした。

バリアフリーで設計され自然光の活用も十分です。
道の駅、川の駅 水の郷さわら
農産物直売所とフードコートのある建物とは別に箱モノを中心にした店舗があります。一般的にお土産などの箱モノと生鮮食品は客層が変わります。

地元の加工品が狭しと置かれていました。奥には持ち込み自由の休憩場所まであります。
道の駅、川の駅 水の郷さわら トロッコ
【昭和30年代の河岸工事に活躍したトロッコの展示】

佐原は魅力的です。

その理由の一つは前回のブログで書いた「佐原の大祭」と「山車」、そして「道の駅・川の役 水の郷さわら」、さらに土地の歴史にあります。

佐原は古代から水辺の生活を営んでいました。貝塚などの縄文遺跡が出る土地です。古代から中世にかけて目の前には香取海※があり、漁で生活をしていました。

※当時は内海でした。

また、地名の由来は香取神宮のお膝元でもあり神官が使う「浅原(さわら)」と呼ばれる土器の生産をしていた事に由来していると言われます。

大化の改新(645)後に香取神宮の神領となり門前町が栄えた場所です。

江戸時代に入り利根川の流れが幕府の土木工事により変えられました。それからは江戸へ物資を運ぶ船運の町として発展して行きます。

旧市街は1997年に「重要伝統的建造物群保存地区」指定されいます。川と昔ながらの建物が魅力的な町として観光地化を促進しています。

佐原と言えば日本で初めて正確な地図を作った「伊能忠敬」です。

伊能忠敬旧宅や伊能忠敬記念館があります。現在、旧宅は復旧工事中なので次回訪れます。伊能忠敬は欧米列強から日本が植民地化されるのを阻止した功績がある人物で重要視しています。

江戸末期に世界であれだけの地図が作れた国はほとんどなかったからです。

欧米人も日本の文化の高さに驚き、植民地化の対象よりも商売の相手として日本を見る様になったキッカケの一つを与えた人物でもあります。

ここまで魅力的な町ならばもう行くしかありません!歴史好きならば見逃せない場所です。

伊能忠敬旧宅の修復が終わったら「いざ、佐原へ」!

ほいじゃ
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