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息須神社横の駄菓子屋さん 山崎商店 番外編 東国三社巡り⑨

卓上ゲーム機の上に乗るレトロなコーラの瓶―こんな風景が日常だった頃があります。昔ながらの駄菓子屋が今でもこの日本に残っています。

茨城県の息栖神社を参拝した後に神社の横手にある山崎商店へ行きました。
山崎商店 息栖神社横手
昔ながらの佇(たたず)まいです。店の庇(ひさし)の黄色と赤、店先の赤いビンのカゴ、木の温もりとアルミ材のミックスが昭和を思わせます。

色の荒(すさ)み具合もまた趣(おもむき)があります。
山崎商店 息栖神社横手
店内へ入ると所狭しと駄菓子やおもちゃが並んでいます。「昔はこんな風景が日常だったな~」としんみりとします。まだ、昔のモノが製造されている驚きもあります。

昭和40,50年代の日本がそのまま残っています。
山崎商店 息栖神社横手
店主のおあばさんと小一時間、会話をしていました。友人と私が山崎商店を訪れたのは7月中旬の猛暑日でした。他に客はいません。延々と語られる昔話を聞き、質問していました。

ほとんどが万引き、子供たち、学校との関わり合いの話でした。
山崎商店 息栖神社横手
万引きはいつの時代にも絶えず―そんな印象を受けました。お金がないと言うよりも「さびしさ」から生まれる行為だと感じます。また、そんな子供をどの様に諭していくか?

非公式ながら学校の先生と連携し子供たちの成長を見守って来たようです。

同時に万引きのダメージは駄菓子屋さんにとって私達が想像する以上に打撃なっていた事も分かりました。
山崎商店 駄菓子
もう一つ印象的だった話があります。今の時代、駄菓子屋で家族を養い子供を育て学校に送り出すことは大変難しい時代になりました。

ただ、昭和には可能だったという事です。
山崎商店 昔ながらのおもちゃ
世の中が変化して行く中がで昔ながらの駄菓子、飛行機、パチンコなどのおもちゃが現在も脈々と受け継がれるている事は私にとって嬉しい話でした。

ただ、昔ながらの駄菓子屋の存続に危うさを感じています。

店主が高齢化していることは否めません。また、駄菓子屋が家族を養える商売でなければ、いつの日か無くなってしまうでしょう。

お盆に流しそうめんとBBQをした際に飛行機を飛ばしました。あの頃を思い出しました。駄菓子屋とその商品は文化財的な価値があると感じます。

これからも残って行って欲しいものです。でも、私ができる事には限りがあります。私自身が無力である事を感じ、同時に私ができる事も分かりました。

今、残っているものを記録して露出させて行くことです。

ほいじゃ
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