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要石にも古代ロマン!奥宮は… 香取神社 東国三社巡り⑦

「そこにあるはずのモノがどんなに探しても見付からない。でも、時を隔てるとあっさりと見付かる。」

その事を何度も経験した事があります。今回もそれ?

東国三社の香取神宮で奥宮へ行こうと参道の横の丘を登りました。探しても見付かりません。次回、ここを訪れる時にはすぐに見付かる予感がします。
香取神社 奥院へ
鳥居をくぐり参道を少し進むと左手に護国神社へ向かう道があります。案内版が複数あり、その一枚に奥宮について書かれていました。
香取神社 奥院へ
護国神社へ続く急坂道がはじまります。鳥居を過ぎると紫陽花がキレイに咲いています。
香取神社 奥院へ
さらに進むと道は右手に折れ真っ直ぐで急な階段が現れます。なぜか直線美に魅せられました。
香取神社 奥院へ
護国神社は昭和21年に創建されました。明治以降に国家のために殉難した香取出身者の霊(英霊)を祀るための神社です。

ちなみに護国神社は各地方にあり同郷の殉職者を祀っています。おごそかな雰囲気を感じる空間でした。
香取神社 要石
さらに進むと古今東西で有名な「要石」があります。伝説によるとこの地方にやって来た鹿島大明神と香取大明神は地震が多い地方だったため原因となる鯰(なまず)を鎮めました。

石の柱を刺し鯰(なまず)の頭と尾を動かない様に固定しました。

鹿島神宮:表面形状=凸型、役割=鯰の頭を押さえる
香取神社:表面形状=凹型、役割=鯰の尾を押さえる
香取神社 要石
鹿島神宮と鹿島神宮は伊勢神宮と並び古代から神宮の称号を受けた国家的に重要な神社です。鯰(なまず)は反乱者、地震は動乱と例えてみました。

すると要石は護国の役割を果たすキーストーンの様な存在です。

さらに掘り下げると古代日本と大和朝廷が北の蝦夷との勢力争いが浮かびあがります。香取(千葉県北部)と鹿島(茨城県北部)は重要な軍事拠点だったという結論になりました。

要石=国の攻防に重要な軍事拠点

奥宮の話に戻りますが、ブログを書きながら「なぜ、見付からなかったのか?」調べました。答えは左を行くところを右に進んでしまったからでした。

要石を抜けると旧参道に出ます。旧参道を左に行き、次の角をさらに左に行くと奥宮はあったそうです。

次回は必ず見つかる!

つづく…ほいじゃ
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