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巨大!大がん璧? 大さん橋 横浜⑩

この海上の巨大建造物は圧巻でした。横浜港の「大さん橋」です。大きさとは裏腹に名前がざくっりしています。「大」+「桟橋」と言う色気を感じない名前です。

この桟橋はかつて様々な名前で呼ばれました。

「鉄桟橋」、「税関桟橋」、「横浜桟橋」、「山下町桟橋」、「サウスピア」
「メリケン波止場(明治の末頃から1970年頃まで)」

Wikipediaに大変詳しく書かれていました。しかし、分かりずらいので時代時代の重要ポイントだけピックアップしてみました。
大さん橋
横浜開港当時はイギリス波止場(象の鼻)、フランス波止場しかありませんでした。貨物量の増加による物流の滞り、直接岸壁に接岸できない不便さから桟橋が新たに造られました。

1859年 横浜港開港

1894年 「鉄桟橋」完成【横浜築港第一期工】
 陸地から738m、桟橋部分457m、幅19.2m

1913年 「鉄桟橋」改築【横浜築港第二期工】
 幅が42.8mに拡張され、木造2層型上屋なりました。
  低層部:貨物倉庫
  上層部:旅客施設、旅具検査場、電信電話設備、事務室
大さん橋
関東大震災は横浜港に大打撃を与えました。大さん橋も例外ではありませんでした。

1923年 関東大震災で大桟橋は崩壊
大桟橋の復旧工事は1923年10月から1925年9月と1年かかりました。

1928年 「鉄桟橋」改築
2棟の上屋が建設されました。チャータード銀行、香港上海銀行支店が開設され、帝国ホテル直営の桟橋レストランが開業しました。
大さん橋
太平洋戦争敗北の歴史と大さん橋は関わりました。降伏調印のため重光外相は大桟橋から小型船で米国戦艦ミズーリ号まで行きました。

1945年 連合国に接収、「サウスピア」と改名される。
1952年 接収解除

そして、戦後復興と共に大改修が行われました。

1964年 「鉄桟橋」3度目の大改修
東京オリンピックに合わせて行なわれました。
 2階:国際船客ターミナル、渡航旅客、歓送迎者用待合所、土産物店
 1階:税関、出入国管理、検疫施設、

2002年 「大さん橋国際船客ターミナル」完成
 A、Bバース:延長450m、水深12m
 C、Dバース:延長450m、水深10~11m
  3万トンクラスの客船なら同時4隻着岸が可能
  3万トン以上の客船なら同時2隻着岸が可能
大さん橋
「大さん橋国際船客ターミナル」の屋上部分は「くじらのせなか」という愛称です。2006年に横浜市港湾局が公募し選ばれた名前です。良いネーミング・センスです。

実際にクジラの様です。

ちなみに道から屋上へ緩い勾配を登ると直接上がれます。湾曲した奇妙なデザインの屋上です。海の上なのに芝生の空間まであります。

「大さん橋国際船客ターミナル」
 地下1階、地上2階建て・鉄骨造
 建物の長さ:約430m、最高高さ:約15m、幅:約70m
大さん橋
内部へ入る時も緩い下り勾配を辿ります。調べてみると階段がない建物であることが分かりました。加えて柱や梁(はり)もありません。

丁度、船が出航して行きました!

うす暗い内部から見る外の世界は輝いて見えます。内部にはうす暗い広いスペースがありました。奥の方に「大さん橋ホール」という多目的ホールがありました。

今日のイベントはすでに終わっていた様です。
大さん橋
「大さん橋国際客船ターミナル」は海の上にあるとは思えない大きさで複雑な構造をしていました。まるで飛行場の出国ロビーの様です。

ちなみに「大さん橋」は名前に「桟橋」と付くものの実際はそうではありません。

「岸壁」です。2002年の工事で桟橋ではなくなりました。

桟橋…船舶が着岸するために陸域部から水上へ向けて作った橋状の係留施設
岸壁…水域に対して壁状の構造をなしており、船舶が係留して人や貨物の積み卸しができる
(Wikipediaより)

下が柱で支えられているか、砂や石で埋めてあるかという違いの様です。

「大がん璧」と呼ではいけないの?ややこしい。

ほいじゃ
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