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しっとりと嫁入り船 あやめ祭り 前川あやめ園(茨城県潮来市)

常陸利根川とつながる前川の水面は凪。ゆっくりと進む三艘の櫓船。二艘は笛や太鼓を奏でるため、残りの一艘はこれからお嫁に行く娘と送り出す両親が乗る船です。

潮来(いたこ)の嫁入り船は水郷の町の文化を色濃く残すもでした。
潮来 嫁入り船
前川あやめ園ではあやめ祭り期間中に嫁入り船を観光できます。本物のお嫁さんが乗船するため開催されない場合もあると聞きました。船は前川あやめ園から前川を抜け常陸利根川まで行きます。
潮来 嫁入り船
夜の嫁入り船は幻想的です。おごそかな空気に包まれます。お嫁さんとご両親の行進はあやめ園内からスタートしゆっくり、ゆっくり、一歩一歩、時間をかけて船まで辿り着きます。
潮来 嫁入り船
現代の速い時間感覚ではじれったい位の遅さです。しかし、このゆったり感は逆に刺激的です。10m進むのに数分かかります。櫓船もしかりです。一本の櫓で進む船は決して早いとは言えません。
潮来 嫁入り船
大化の改新(645年)頃に国府は霞ヶ浦の北西に置かれていました。霞ヶ浦の対角線上に潮来はありました。潮来は国府と鹿島神宮を結ぶ駅として開けて行ったそうです。

当時は「板来の駅」と呼ばれていました。

その後、「伊多古」、「伊多久」、「板来」などの表記が現れます。

潮来という字に変わったのは江戸時代になってからです。元禄の頃に徳川光圀が「鹿島の潮宮」にあやかって書き改めたとのことが潮来市のホームページに書かれています。

潮来は江戸中期までは海運の中継地点として栄えました。しかし、1736年から1740年の大洪水で利根川の本流が南側の佐原地方に移ると潮来は衰退して行きました。

明治以降は産業もなく常磐線が開通後はさらに厳しい状況に陥りました。地元の若い娘の収入源として行なった「娘船頭さん」が観光客に好評となり昭和30年代には歌や映画に潮来が取り上げられる様になりました。

実際に昭和30年代までは水郷の生活を営んでいました。当時は嫁入りに水郷を使いました。嫁入り道具を運んでいました。

今でも水郷と櫓船は魅力的な存在です。まさに観光資源です。商工会青年部がこの伝統を守ろうと活動しています。

潮来の人々を少しばかりでも応援したい気持ちになった嫁入り船のイベントでした。

ほいじゃ
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