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何もないは素朴で美しい 猿ヶ京(群馬県)

「ある」とか「ない」とかは大変興味深い表現です。「襟裳の春は何もない春です」で有名な森進一の「襟裳岬」を思い出します。当初は地元の反感があったそうです。しかし、曲は大ヒット!

襟裳岬の知名度アップに貢献したとして森進一に感謝状が送られ歌碑まで立てられました。
猿ヶ京(群馬県)
駐車場探しに迷い込んだ群馬県の猿ヶ京で「何もない」と感じた場所がありました。一見すると山があります。畑もあります。そして、家もあります。でも、何もないと感じました。
猿ヶ京(群馬県)
伐採された木の幹がそう思わせたのでしょうか?こんな、表現をして地元の人には怒られそうです。一つ分かったことがあります。「何もない」は「素朴で美しい」という表現の同義語です。
猿ヶ京(群馬県)
別の表現をすれば「あか抜けていない」かもしれません。日本は高度成長期以来、裕福な国となり国内観光も持続的に盛んです。各観光地は個性を出しつつも「あか抜けた洗練さ」を求めている気がします。

「何もない」観光なんてあってもいいかもしれません。

そこには「素朴で美しい」景色のオンパレードっていうのも悪くはありません。特に都会の喧騒で生活する人々には背反する存在です。心癒される「何もない」になるでしょう。

時々、田舎の人が自虐的に「何もないです。」という人がいます。これは都会の人が言う意味とは違い謙遜とあるものへの憧れの意味と妬ましさ、卑屈さ、羨ましさが紛れ込んだ複雑な表現です。

各地で盛んに行われている「地元おこし」は「ある」を再度見つめ直す行為でもあります。

人生も同じで生き詰まったら「ない」ものより「ある」ものに目を向けたほうが良いでしょう。実際に「何もない」なんてことはないのです。

しかし、私は時々こう思います。「何もない人生」っていうのも悪くない。

私の人生、武勇伝もなければ威張れることもありません。金も名誉もありません。近くに人もいません。でも、常に雪が振る様に真っ白です。

もっと「何もないこと」を自慢してもいいのではないか?

「何もない」…「ある」と比較したて「ない」という場合と「あると思わない」、「あると思えない」という感覚的な「ない」があります。当然、逆もあります。

「ある」と「ない」を感覚の中で上手に使いこなせば良いのだ!

人が固執しがちな「ある」にこだわりを捨てると色々な事が変わります。今迄に見えなかったものが見えるかもしれません。心が穏やかになるかもしれません。人生が変わるかもしれません。

ちなみに私の好きなスペイン語の曲の歌詞にこんなのがあります。

Nada espero, nada sé, nada tengo, sólo fe.
何も期待しない、何も知らない、何も持っていない、ただ信じる心があるだけ
(Crazybowler訳)

スペイン人って仏教徒?と思える歌詞です。「何もない」にある「素朴な美しさ」を感じます。

Hasta Mañana(ほいじゃ)
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