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ウォーキング、それは人生のよう 高崎観音山⑦

道を歩くことはまるで人生の様です。知っている道を行く?知らない道へ踏み込む?ちゃんとした地図がなくて行く?…選択の仕方でどんな人なのか分かります。
高崎観音山 慈眼院から
高崎観音山を訪れた時にまだ通ったことのない道に気付きました。慈眼院の隅にお店が立ち並ぶ場所があります。そこから先に道が続いていました。行きたい!
高崎観音山 慈眼院から
看板にある洞窟観音という場所を目指すことにしました。簡易的な観光用の地図を持っていました。しかし、距離が分かりません。行けばわかるだろう。人気のない殺風景な林道を進みました。
高崎観音山 慈眼院から
何分歩いたか分かりません。殺風景な場所で一人歩くと時間が長く感じられるものです。人と遭遇したのはすれ違った1名、追い越した1名の計2名でした。
高崎観音山 洞窟観音
やっと辿り着きました。林道に「洞窟観音」と書かれた標識です。林道から横道にそれる形で急な下りが伸びていました。下り切ると溶岩石の岩肌に入口と出口の扉がありました。

午後四時過ぎていたので門は閉まっていました。ちなみに有料です。

気を取り直して別路から駐車場まで戻ることにしました。歩きはじめると広い庭がある立派な建物がありました。門の所で分かりました。「群馬県合気道総本部」
高崎観音山 慈眼院から 合気道
一旦下り切った後、登りがひたすら続きます。こんな所を歩いているのは私と犬を散歩させる地元の人くらいでした。「こんにちは」と挨拶をしました。向こうも快く挨拶をしてくれました。

「よかった…変な人だと思われたなくて(笑)」

歩道がほとんどない道で車に追い越されながら歩き続けました。何分歩いたかは分かりません。できるだけ周囲の風景を楽しみました。到着する直前に見えた建物は印象的でした。
高崎観音山 慈眼院から
アメリカのカントリーサイドにありそうな平屋です。こんな家に住んでみたいな~など妄想を楽しみました。それだけです。妄想が終わる事には駐車場に到着しました。

特に何の話題性もない高崎観音山ウォーキング…現代風に利害で考えるとすべて無駄です。この行動は直接的に利益を産むことも役に立つこともないでしょう。

あえて言えばブログになったくらいです。

私の信じることがあります。「すべての道はローマに続く」です。

人が作った道は必ずどこかへと導いてくれます。迷ったとしてもどうにかなります。付け加えると山道は気を付けましょう。遭難するかもしれません。自然と人工は本質的に違います。

私の信じていることがあります。「すべてはつながっている」です。

世の中のすべては何らかの形で他に関係しています。この行動も将来の何かにつながっていくと信じています。なぜなら、無駄と効用は一対の関係だからです。

ちなみにこの高崎観音山ウォーキング…私の人生の様です。

ほいじゃ
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