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旧谷川岳?三国山脈の絶景! 赤谷湖と相俣ダム①

こんな所に意外な絶景がありました。関東と越後(新潟)の境には三国街道、三国峠があります。上杉謙信が整備を始め、江戸時代から一般に使われる様になったルートです。

群馬県側の三国街道沿いには1959年に竣工した相俣ダムと赤谷湖(あかやこ)があります。
生涯学習!by Crazybowler-赤谷湖と谷川岳
赤谷湖から猿ヶ京温泉街の方向を見ると背後に堂々とした山稜がそびえています。関東と越後を分断する三国山脈です。三国山脈は中央分水嶺でもあります。

水の流れが日本海側と太平洋側に分かれるところです。

猿ヶ京温泉の背後に写っている山は小出俣山(1749m)です。マイナーな山ですが写真にしてみるとスイスの絶景に負けないくらいの見栄えです。
生涯学習!by Crazybowler-赤谷湖と谷川岳
小出俣山(1749m)の左手には十二社ノ峰です。右手には川棚ノ頭、俎嵒(マナイタグラ)…谷川連峰です。谷川岳の最高峰はオキの耳で標高1977mあります。

元々は俎嵒が谷川岳と呼ばれていました。しかし、国土地理院のミスで変わりました。

「しかし、国土地理院の5万分の1地図の誤記のために、トマ・オキの二つ耳が谷川岳と呼ばれるようになってしまった。なお、トマの耳には薬師岳、オキの耳には谷川富士の別称がある。」
【Wikipediaを参照】

一般的に谷川岳は旧みなかみ町方面から見た姿が有名です。赤谷湖から見える「旧谷川岳」も絶景であります。

大きな地図で見る
三国街道(現在、国道17号)を辿ると三国峠は写真より左手にあります。険しい道です。三国街道が開通するまで人々はもっと険しい峠を越えていました。

谷川岳の横を抜ける清水峠ルートです。上杉謙信の時代にはまだ清水峠を超えるルートが主流でした。三国峠が主要道路になるのは江戸時代です。

江戸幕府は湯檜曽(現みなかみ町)に口留番所を設置して清水峠の通行を禁じました。よって、200年以上、清水峠は利用されない状態でした。

明治政府は逆に最短距離ルートとして再注目しました。馬車が通れる国道を整備し盛大な開通式まで行いました。しかし、気候が厳しくすぐに道は使い物にならなくなりました。

現在では清水峠ルートは国道291号(1970年に再指定)として名前があります。しかし、実質的には通行者はなく廃道化しています。

現在では清水峠ルートはトンネルとして今も利用されています。

上越線:清水トンネル(1931年開通)、新清水トンネル(1967年開通)
上越新幹線:大清水トンネル(1979年開通、1982年使用開始)
関越自動車道:関越トンネル(1985年開通)

現代は三国・清水併用状態と言っても良いでしょう。関越自動車道の清水峠ルートの下を行く関越トンネル、三国街道を国道17号として使用されています。

山深いこの地に来ることがあれば赤谷湖によって峠越えの歴史に思いを馳せてはいかがでしょう。

ほいじゃ
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