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葉を見て木を見ず 舎人公園の紅葉2012④

「木を見て森を見ず」という言葉はありますが「葉を見て木を見ず」というのは聞いたことがありません。紅葉狩りはまさに葉が主役のイベントです。

ところが楽しみ方は一本の木、又は木の群生にある無数の葉を一括して見る方法です。

一斉に色付く姿は見事ですが、そこに葉一枚一枚を愛でる気持ちは黄薄かもしれません。ならば、見てみよう!
生涯学習!by Crazybowler-舎人公園2012/12初旬 足立区北西部
生々し過ぎます。人の肌をまじまじと見る様な感覚です。紅葉して間もない葉は美しいのですが、時間が経過したものは気持ち悪ささえ感じてしまいます。

血管の様に見える維管束(いかんそく)、虫食いの穴、荒くなった葉のエッジが生々しさをさらに増幅します。
生涯学習!by Crazybowler-舎人公園2012/12初旬 足立区北西部
葉の一枚一枚は太陽の光を欲しています。太陽を浴びる面積を最大限に取ろうと他の葉と競争しています。同じ木にあってお互いがライバル、尚且つ、一本の木を支えています。

まるで人間の社会様です。

ある一枚の美しいイチョウの葉が良い位置取りをしていました。その裏には犠牲になる何枚もの葉があります。人間社会でもありそうな話です。
生涯学習!by Crazybowler-舎人公園2012/12初旬 足立区北西部
素直に葉をポートレイトでしてみました。お父さんとお母さんが小学校に上がった子息を撮影するかの如く正面から撮りました。なんだか違和感があります。

人と違いはこの一枚に名前がないことです。

それでいて一枚の葉に個性はあります。日本人が見知らぬ国の人々を見る時、遠い国の人々が日本人を見る時の様にも感じられます。

紅葉を愛でることは文化を愛でることに近いのかもしれません。

例えば日本文化…個々の日本人を見れば思想的にも感覚にもバラツキがあります。ところが集団で見ると独特な傾向が存在しています。

紅葉も同様に一本の木や群生する木々を見て楽しむのが一般的です。紅葉狩りとは集団的個性を楽しむ遊びなのでしょう。

一般の人が葉の一枚に思いを寄せる時は落ち葉かもしれません。自分の人生と重ね合わせているのかもしれません。

葉の一枚一枚…個性があり同じものは一枚もありません。時に「葉を見て木を見ず」というのもいいかもしれません。

ほいじゃ
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