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武士だけではない 城下町を歩く(後編) 萩城跡(山口県)⑦

私たちは歴史に触れる時に主役しか見ない傾向にあるかもしれません。明治維新で医者や商家に興味がある人がどれだけいるのでしょうか?

江戸時代の社会は士農工商で士が頂点だったので仕方がないかもしれません。

萩城城下町は武士のみにフォーカスしていない点が気に入りました。様々な職業の人がいて社会が成り立っています。そんな当たり前の事を思い出させてくれる場所でした。
生涯学習!by Crazybowler-青木周弼 (あおきしゅうすけ)旧宅
青木周弼 (あおきしゅうすけ)旧宅です。誰?と思う人もいるでしょう。この家に行くと青木家の3人がフォーカスされています。医学、外交で「良い仕事」をした人物達です。

青木周弼 (あおきしゅうすけ) 1803~1863 医者
漢方学・オランダ医学を学び藩の医学館を創設、医学書の翻訳、医学の教育に尽力を注ぐ。また、西洋兵学にも精通して紹介する。

青木研蔵 1815~1870 医者
周弼 (しゅうすけ)の実弟で後に青木家を継ぐ。長崎でシーボルトに学び天然痘の要望に成功した。藩主毛利敬親の側医、美江寺天皇の大典医。

青木周蔵 1894~1914 外交官
藩校明倫館で才能をみいだされ青木研蔵の養子になる。長崎で医学を学び、ドイツで政治経済を学ぶ。山縣有朋、松方正義の内閣で外務大臣、条約改正にあたる。

医学は社会を豊かにする上で欠かせません。外交は国と国との距離より狭くなって行く中で重要度はさらに増しています。
生涯学習!by Crazybowler-旧久保田家住宅
旧久保田家住宅へ行きました。久保田さん?…知らないのも当然です。明治維新とは直接関係のない人物です。商家です。

特徴は「江戸末期の意匠・構造・技術が優れた建物」です。

商家は下級武士より財力がありました。家も広く、造りもしっかりしています。商売、業種によっては生産の場なので広さは必要だったでしょう。

旧久保田家は大名行列も通るメインストリート沿いにあります。初代は近江からやって来た庄七で呉服商をしていました。2代目の庄次郎から酒屋となりました。

漆喰の大きな蔵も保存されていました。

商人文化は江戸時代の重要なピースです。財力という観点から社会や時に政治に対する影響力がありました。政治と経済は一体存在です。

士農工商の四柱がきちんとして社会は安定的に存続します。一つでも欠くことはできません。商業は経済という社会を潤す潤滑油です。
$生涯学習!by Crazybowler-旧久保田家住宅
歴史は大見出しと結果論から見てしまいがちです。社会を構成する要素やそこに至るまでの経路は大見出しの何十倍も存在します。

氷山の海面に出ている部分がほんの少しである事と同じです。

創造力を働かし見える部分からその周辺へ少しずつ興味を膨らませて行くと今迄見えなかった(見ていないかった)全体像がぼんやりと浮かび上がって来ます。

自らの社会観、人生観を啓蒙することができます。

人間の目や脳は見たい部分にフォーカスする特徴を持っています。全体像を観る習慣は普段から努めて養わなければなりません。

昔、「知っているつもり」という番組がありました。好きでした。今でも知っているつもりにならない様に努めています。

ほいじゃ

P.S. 萩城下町には他に元総理大臣の田中儀一の家や少し離れたところにも見所が点在しています。また、機会があれば楽しみたいものです。
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