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秘密のベールの内側! 寛永寺徳川家墓所 都内散歩(日暮里~上野、御徒町、湯島)④

奇跡の勅額です。勅額とは天子(国王、皇帝、天皇など)直筆の額です。上野戦争で焼けずに残り、太平洋戦争の空襲では別の場所に保管されていた事から難を逃れました。

「瑠璃殿(るりでん)」…今は寛永寺の根本中堂に掲げられています。御利益がありそうです。

今回は数々の戦争で破壊されずに残った徳川幕府の遺産を紹介します。直に見れる様になり嬉しく思います。
$生涯学習!by Crazybowler-寛永寺 根本中堂
住職さんも住職になる前に石垣の内側に興味があったそうです。上野の裏、鶯谷駅の近くに寛永寺と墓地が広がっています。重厚な石垣から垣間見える塔が知的好奇心をくすぐります。

あれは何だろう?

…そう思っていたのは自分だけではなかった様です。
生涯学習!by Crazybowler-寛永寺 徳川家霊廟
1年以上前に調べました。徳川家の墓所でした。中へ入る術(すべ)を探りましたが、当時はありませんでした。できるだけ近くによって見ました。まさに門前払いです。

徳川綱吉公の墓所へ繋がる門(常憲院殿霊廟勅額門)までしか行けませんでした。
生涯学習!by Crazybowler-寛永寺 常憲院殿霊廟勅額門
常憲院殿霊廟勅額門が作られたのは300年前の1709年(宝永6年)です。ちなみに常憲院は第5代将軍徳川綱吉の法名です。立派な門です。

ある日、WEBで何気なく寛永寺を検索してみると…え!墓所の見学会がありました!(後で分かった事ですが2012年の春に始まったそうです。)

反射的の予約を入れている私がいました。ついに秘密のベールの内側が見れる!

興味がある方は「東叡山寛永寺 特別参拝」に申し込んでみてください。お布施1000円で墓所の維持費に使われるとのことです。

まずは寛永寺根本中堂に集合です。根本中堂内でお経、そして、住職さんから寛永寺の歴史を説明していただきました。

そして中へ…。

残念ながら墓所内は撮影禁止なので写真でお見せできません。

流石に重要文化財の常憲院殿霊廟勅額門は通らず横から入りました。

この日は猛暑日でした。木々が鬱蒼と茂る墓所内に入った途端に空気が変わりました。涼しげな風が心地よい場所です。石垣に囲まれた墓所内は思ったより広くゆったりとした作りでした。

清掃された内部は清々しさえ感じられます。

ファーストインプレッションは「歴史遺産に包まれている!」おおげさに言えば「タイムトリップ」です。300年前の空気に触れている様にさえ感じました。

(ちなみに江戸時代の霊廟の図を見ると石垣はありませんでした。明治以降のものの様です。)

<五代徳川綱吉公>
1709年没 享年64
景気が良い時代に作られただけあって青銅の立派な墓塔です。

<八代徳川吉宗公>
1751年没 享年68
逆に景気が悪い時期の将軍吉宗公の墓塔はシンプルな石造りです。

質素倹約を奨励した将軍らしいと言えます。綱吉公の墓所内に自ら希望して葬られました。徳川御三家紀州藩の二代藩主の四男として生まれた吉宗公を綱吉公が若いころに取り立ててくれたからです。

綱吉公の墓所へつながる立派な勅学門があります。吉宗公は勅学門を作りませんでした。理由は質素倹約です。これ以降、立派な勅額門は作られませんでした。

<十三代徳川家定公>
1858年没 享年35
綱吉公、吉宗公の墓所から出てさらに奥へ行くと家定公の墓塔があります。若くして亡くなった将軍です。

<十三代正室 篤子>
1883年(明治16年)没 享年48
家定公の墓所の横には正室の天璋院篤姫の墓塔があります。住職さんの話だと大河ドラマで取り上げられるまでは注目されていませんでした。

薩摩藩出身の篤姫は幕末の動乱期にパイプを活用して戦争回避のために捨て身で動いていました。

<その他墓所>
①徳川16代家達公、正室の墓塔、17代夫婦の墓塔
現代でも徳川家は続いています。寛永寺は明治以降も徳川家の菩提寺となっています。

②十代嫡子 家基公墓所(孝恭院)
石垣の外から見える墓塔の主です。吉宗公の墓塔に匹敵するサイズです。なぜ?

第10代将軍徳川家治の長男。将来の第11代将軍として期待されていたが若くして亡くなりました。徳川宗家の歴史の中で唯一「家」の一文字を賜りながら将軍位に着けなかったた人物です。

「幻の第11代将軍」とも言われるそうです!

タイムトリップ感覚で夢中に内部を堪能しました。秘密のベールの内側は墓所にも関わらず想像以上に落ち着いた空気で心和む場所でした。

ちなみになぜ今になって特別公開が始まったのか?

住職さんの説明では、徳川家の意向でした。
①東日本大震災で墓所の一部が壊れ修復した
②今後も修復は必要なので費用がかかる
③歴史的に重要なものなのである
④ルールさえ守ってもらえれば多くの人に見てもらいたい

基本的に今は庶民となった徳川家の墓所です。ある意味、人の家の墓を見せてもらっている様なものです。

一方で日本の歴史を語る上で切っても切れない人物縁の墓所です。個人の墓所であり歴史遺産とう位置付けになる珍しい場所です。

ほいじゃ
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