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人から人へ 信長像と清洲公園 清洲城②

私には愚問です。信長、秀吉、家康の誰が一番好きか?という問いがあります。まるで性格判断の様です。私は「3人1セット」と答えたいところです。

一人で時代を切り開く事はできません。

幾人もが連なり天から与えられた使命を果たし成し遂げられる業(わざ)だからです。
生涯学習!by Crazybowler-清洲公園
銅像は1560年、織田信長(26)が桶狭間の戦いへ出陣するシーンです。尾張を平定したばかりの若き信長に国家存亡の危機が強襲、しかし、怯(ひる)まず立ち向かいました。

ピンチはチャンス!桶狭間で今川義元を破ったことにより天下布武への道が開けました。
生涯学習!by Crazybowler-清洲公園
清洲公園
清須市清洲三丁目7番地1
開園 1922年(大正11年)
リニューアル 1999年(平成11年3月)

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この公園も清洲古城跡公園と同様に清洲城の城跡です。建物や石垣は残っていません。閑静な公園です。平時の清洲城情緒を感じるさせてくれる場所かもしれません。
生涯学習!by Crazybowler-清洲公園
信長像の横には美濃の斉藤道三の娘、織田信長の正室、濃姫の像があります。偉業の裏には信長を支えた多くの人々がいました。濃姫もその一人である事は間違いありません。

<私が思う信長公が素晴らしかった点>
①独自の価値観で既成概念に囚われない
②プリンシプルがありブレない
③実学主義(若い頃に多くを見て経験)
④三直三現主義(直ちに+現場、現物、現実)
⑤経済に深い理解がある
⑥新しい物を積極的に取り入れる先進性
⑦身分を問わず優秀な人材を採用
⑧優秀な後継者を多く育てた

時代を切り開くリーダーであったことに疑いの余地はありません。家臣の明智光秀に裏切られ討たれたことで信長の評価が別れます。傲慢で無礼な人柄に嫌悪する人もいるでしょう。

もし、「人から人へ思想を受け継ぎながら物事を成す」と考えたらどうでしょうか?手塩に育てた秀吉が天下統一を実現し、可愛がっていた徳川家康が平和な長期政権を樹立しました。

間違いなく優秀なリーダー、時代の洗掘者です!

信長といえば「敦盛」です。

「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」

信長がニヒリスト(虚無主義者)だと分かる詩です。ニヒリズム(虚無主義)を簡単で言うと「人間の存在に真理、根拠、意味はない」という考え方です。

「虚無」の延長線上には「無私」があると思います。存在自体に意味がなければ自分自身にも意味はありません。

私には信長が天に与えらえた試練を無我夢中でこなし役割を演じていた様にしか見えません。

だからこそ、戦国時代の幕引き、平和な長期政権が縁(ゆかり)の人物によって成し遂げれたのでしょう。

ほいじゃ
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