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上野公園の噴水池と寛永寺・根本中堂 江戸ロマン①

上野公園へ久し振りに行くと工事が終わっていました。東京国立博物館の通りの向かいには噴水池ができていました。水辺の憩いには人々が集い休日の余暇を楽しんでました。

江戸時代にここには何があったのでしょうか?
$生涯学習!by Crazybowler-上野恩賜公園 大噴水
ここには徳川家の菩提寺の一つ東叡山寛永寺です。江戸時代は上野公園から谷中霊園にかけて寛永寺の広大な敷地でした。そして、噴水池があるところには中心となる根本中堂がありました。

徳川家菩提寺
①増上寺 中世から存在した寺院
②寛永寺 徳川の時代、1625年に創建された
(開基:徳川家光、開山:天海)
生涯学習!by Crazybowler-東叡山寛永寺 根本中堂
寛永寺へ行こうと上野公園内を歩いても見当たりません。現在の寛永寺と根本中堂は上野公園の外れにあるからです。

明治維新の時に起きた上野戦争により根本中堂は焼失し、寛永寺全体が壊滅的な打撃を受けました。

大きな地図で見る
江戸時代の寛永寺の中心から現在の根本中堂までのは歩いて600mほどあります。官軍としては徳川の象徴でもあった寛永寺は復活させたくない対象であったでしょう。

徳川ゆかりの人間からすればその逆です。
生涯学習!by Crazybowler-東叡山寛永寺 根本中堂
現在の寛永寺の姿は?寛永寺の子院の1つであった大慈院の場所に喜多院(川越)の本地堂を移築して根本中堂としました。だから、当時の面影は全くありません。

慶応4年 上野戦争
明治6年 公園用地となる
明治8年 根本中堂が再建される

寛永寺を歩いていると変なオジサンが「入った方がいいよ!」と根本中堂の前で話しかけてきました。「もう閉まっちゃうからさ~」なんて言ったので中へ入りました。
生涯学習!by Crazybowler-東叡山寛永寺 根本中堂
写真撮影禁止ゆえに中の美しさをお見せできないことが残念です。年期が入った木材と眩いばかりの金が薄暗い部屋を際立たせていました。「本物」でなくても満足できます!

機会があれば絶対入ってください!後悔はしないと思います。
$生涯学習!by Crazybowler-常憲院霊廟勅額門
昔ながらの姿を見たいという人には根本中堂を抜けて奥へ進むと江戸時代の門があります。これは常憲院霊廟勅額門と言って徳川綱吉の墓所へ向かう門です。

常憲院=徳川綱吉
霊廟(れいびょう)=墓所
勅額門=天皇から直筆の額を賜った門

寛永寺、増上寺の徳川家霊廟は第2次世界大戦の空襲でほとんど焼けてしまいました。さりげなくある門ですが実は大変希少な歴史遺産なのです。

江戸時代を知り、当時を思って歩く上野公園はまた違った感動を与えてくれます。

ほいじゃ
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