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殿様の生活と… 縮景園③

これまで2回、広島駅から1㎞の所にある縮景園を紹介してきました。ほとんどが歴史と原爆での惨状についてでした。現在、この場所を訪れてもそんな雰囲気は微塵もありません。

現代に残る広島藩の日本庭園として美の世界を描いています。園内で撮影した写真で締めくくります。
生涯学習!by Crazybowler-縮景園
縮景園の石段を登るとそこは「迎暉峰(げいきほう)」です。縮景園で一番高い築山です。回遊式庭園の醍醐味は閉じられ限られた空間にある起伏です。
生涯学習!by Crazybowler-縮景園
山、水、石と木々の緑が溶け合った世界です。戦争のない江戸中期の殿様は庭を楽しむ優雅な生活をしていたのでしょう。自分の敷地で絶景がある生活は想像もできません。
$生涯学習!by Crazybowler-縮景園
築山はもう一つありました。「稘福山(きふくさん)」です。ここには広島藩主の子孫繁栄を願い1713年に建てられた稲荷神社の跡です。今、頂上は平らな空き地です。
生涯学習!by Crazybowler-縮景園
江戸時代の頃、この椅子はロクロの様にぐるぐると回ったそうです。看花榻(かんかとう)と言います。この「看る」という字は中国語の見ると同じです。つまり花見ということです。
生涯学習!by Crazybowler-縮景園
殿様はここにあった回転式の椅子に座りながら京橋川の対岸に咲く桃花や行き交う船を楽しんだそうです。優雅な昼下がりの光景が浮かびます。悠長な時間が過ぎて行ったことでしょう。
生涯学習!by Crazybowler-縮景園
殿様はこの場所を娯楽、癒しの場所としただけではありません。「有年場」とい場所が残っています。藩主がここで田植えをして五穀豊穣を願う儀式を行ったそうです。

天皇陛下が毎年行う新嘗祭と同じような儀式です。
生涯学習!by Crazybowler-縮景園
江戸時代の殿様は参勤交代があり江戸長期出張が義務でした。妻子は人質の役割として江戸の藩邸で住まわされていました。ある意味、監視管理にあり自由はなかったのかもしれません。
生涯学習!by Crazybowler-縮景園
金をあれども自由はなし…と言ったところでしょうか?私は真逆の「金はなけれども、自由はある!」という感じです。対局的な生活に少々を憧れの念を持ちます。

最後に…上の写真は「大銀杏(おおいちょう)」という名でこの地に残っています。

原爆投下、その後の火災からも生き残った銀杏の木です。幹周り4m、高さ17m、樹齢は推定200年です。やはり、最後は原爆の話になってしまいます。

広島市内のどの場所も結局、歴史の扉を開けばこの事実から逃れる事はできません。

命のあり方を十分に考えさせられたツアーとなりました。

ほいじゃ
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