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上野の古代史!? 上野公園散歩②

稲荷神社の千本鳥居を怖いと感じるのは私だけでしょうか?どこから知らない世界へ運ばれて行きそうな恐怖感があります。幼少期のトラウマですかね?思い切って入って見ました。
生涯学習!by Crazybowler-花園稲荷神社 上野恩賜公園
上野恩賜公園の中でも不忍池寄りにあります。創建年代は不明で古くからこの地にあったそうです。忍岡稲荷(しのぶがおかいなり)が正式名称です。

大きな地図で見る
俗称は穴稲荷と呼ばれています。私はどうも穴稲荷が今でも残る場所を通り越した様です。他の人のブログで「不気味な場所」として描かれていました。次回のツアーでリベンジです!
生涯学習!by Crazybowler-花園稲荷神社 上野恩賜公園
穴稲荷門の戦いは彰義隊にとって最後の激戦地でした。明治6年に再建され花園稲荷と名を変えました。この時期の上野公園は上野戦争によって荒廃していたそうです。

ちなみに以前のブログで公園内にある彰義隊の墓を紹介しています。 
生涯学習!by Crazybowler-花園稲荷神社 上野恩賜公園
昭和3年にすぐ隣にある五條天神社が遷座され、同時に現在の場所に新しく社殿と神苑が作られました。元々の場所は私が見落としていた穴稲荷がある場所です。やっぱりもう一度行かないと…。
生涯学習!by Crazybowler-五條天神社 上野恩賜公園
五條天神社では「御鎮座1900年記奉祝念事業」の呼びかけをしていました。紀元100年頃にできたということですかね!?上野の歴史は想像以上に古く驚きました。
生涯学習!by Crazybowler-五條天神社 上野恩賜公園
今から1890年前に第十二代景行天皇の御代である日本武尊が東夷(とうい)征伐で忍岡(上野公園)を通った際に薬祖神(大己貴命、少彦名命)の御加護を頂き感謝しこの地に両神を祀ったと言われています。

薬に関する神社です。

私が驚いたこと、気付いた事
①歴史の古さ(私が行った神社ではトップクラス)
②日本武尊と上野に接点があったこと
③東京の日本武尊に関する伝説は「怪我から治る」話が多い(足立の由来)
④上野は昔、忍岡と呼ばれ隣が不忍池であること
(忍と不忍…何か意味がありそう。)

1641年に菅原道真公も合祀され俗称で下谷天満宮と呼ばれていたそうです。神社の名に「天」の文字が入っている訳はこれですね。
生涯学習!by Crazybowler-すり鉢山 上野恩賜公園
社地は創祀以来、天神山(今の摺鉢山)、瀬川屋敷(アメヤ横丁入口)などを変遷して来ました。ちなみに摺鉢山(すりばちやま)は現在でも公園内に残っています。
生涯学習!by Crazybowler-すり鉢山 上野恩賜公園
正岡子規記念球場のすぐ横にあるのですが、反対側から探すと余りにもさりげなく存在するので見付けるのに苦労しました。

昔、この小さな丘の上に五條天神社があったんですね。

鳥居をくぐってから歴史の扉が開かれた様です。調べれば調べるほど古代史の世界へ引きづり込まれます。まるで千本鳥居の魔力の様です。

ほいじゃ
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