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出口が入口? 大願寺 安芸の宮島(厳島)

大願寺は日本三大弁財天のひとつです。厳島は日本三景で厳島神社には日本三大鳥居、日本三大舞台があります。本当に日本三○○が多い島です。

厳島はやはり他に類を見ない場所なのだと実感できます。
生涯学習!by Crazybowler-大願寺 山門(右)と厳島宝物殿(左)
厳島神社を抜けると門が見えます。上の写真の右手に写っている大願寺の山門です。開祖は不明な寺です。鎌倉時代に了海(りょうかい)により再興された記録が残っています。

大巌寺の正式名称は亀居山(ききょざん)放光院(ほうこういん)大願寺と言います。
生涯学習!by Crazybowler-大願寺
亀居山とは厳島神社を挟んだ反対側にある千畳閣や五重塔のある丘のを指します。海に突き出ていて上から見ると亀の姿に似ているためその様な名が付きました。

現在は千畳閣は豊国神社となり五重塔は厳島神社の一部です。大願寺の敷地外の土地が名前の一部に?

明治初期の神仏分離令によって神社と仏閣が別けられました。以前は厳島神社も含め一体は大願寺が管理していました。
生涯学習!by Crazybowler-大願寺 厳島龍神
現在の本堂は僧坊だった所です。秀吉公の死後400年の間未完成のままの千畳閣が本堂になる予定でした。だから、本堂周辺には柵や塀がありません。先ほどの山門もぽつんと広場に建っています。

上の写真は弁財天の使いである龍神が池に祀ってある様です。
生涯学習!by Crazybowler-大願寺 護摩堂と厳島大仏
2005年に明治時代に焼けた護摩堂が再建されました。中には4mもある本尊不動明王半迦座像が外を見つめています。撮影禁止と書かれていたので素直に写しませんでした。
生涯学習!by Crazybowler-大願寺 九本松
歴史上の人物も訪れています。伊藤博文が自ら植樹した大願寺の九本松があります。樹高は18mもあります。慶応2年(1866)には第2次長州戦争の講和会談がここで行われました。

幕府から勝海舟、長州藩の広沢真臣がこの会談に訪れています。
$生涯学習!by Crazybowler-厳島神社 出口
どうも厳島神社の出口は昔、入り口だった様です。その理由は昔の参拝方法にあります。

「拝者は大鳥居をくぐり大願寺近くの砂浜に上陸した後、大願寺の裏にあった大風呂で身を清め、僧坊で休憩、着替えをして嚴島神社に参拝しました。」

乗船⇒鳥居⇒大巌寺付近の砂浜⇒大巌寺裏の風呂⇒僧坊(現在の本堂)⇒厳島神社

上記の経路で参拝していたという事です。



「出口が入口だった」という事に考えさせられます。

生きていると時々そういう経験をします。出口とは常に次の入り口です。

また、発想法や理論的な検証のために出口が入口が逆にすることもあります。

厳島神社の入口と出口が逆になった訳は神仏分離令の影響や大型フェリー発着の都合もあったのでしょう。

ただ、ひとつ違いがあるとすれば、どこから入るかで五感で受ける印象も変わるでしょう。

昔の人が観た厳島は現代とは違ったものだったかもしれません。

ほいじゃ
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